光明寺に隣接したこの墓所に私は度肝を抜かれた。私が日本で見た他の墓地とは全く違っていたからだ。この墓所、一般には公開されていないが塀越しに中を覗くのはたやすい。墓所の前に立てられた標札を読むと、光明寺が内藤家の菩提寺であることが分かる。内藤家は江戸時代後期(1603-1868)、宮崎県の藩主だった家だ。非常に有力な一族だった内藤家では、親族の誰かが死ぬたびに壮大な葬式を行った。しかし現在この墓所は、手入れもされず見捨てられたかのように建っている。
鎌倉 内藤家墓所
有力大名の墓所 ~栄華の果てに~

Larry Knipfingによって
コミュニティライター

コミュニティライター

石塔や墓石が入り交じって建っている (著作権:Larry Knipfing)

内藤家の墓は住宅街の一角にある (著作権:Larry Knipfing)

こんな墓石は未だかつて見たことがない (著作権:Larry Knipfing)

緑の中に映える黒い墓石が美しい (著作権:Larry Knipfing)

この墓所には40の宝篋印塔(ほうきょういんとう)、五輪塔(ごりんとう)が1つ、他の石塔が13、4つの仏像、そして118の燈籠に9つの地蔵があり、手水鉢(ちょうずばち)も17ある。 (著作権:Larry Knipfing)

これらの石塔は1634~1888年の250年間に建てられた (著作権:Larry Knipfing)

殆どの宝篋印塔(ほうきょういんとう)は高さ3メートルに及ぶ (著作権:Larry Knipfing)

この墓所、光明寺から数分のところにある (著作権:Larry Knipfing)

この石像は頭を失ったが、親切にも誰かが頭を胴体の前に置いてくれている (著作権:Larry Knipfing)

墓所の広さは2000㎡もある (著作権:Larry Knipfing)

情報がほとんどないため、これらが誰の石塔なのか突き止めるのは難しい (著作権:Larry Knipfing)

この墓所は鎌倉市により史跡認定されている (著作権:Larry Knipfing)
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