「この行燈を作るのに1か月もかかって夜なべしたのよ。」と、今しがた知り合ったばかりの60歳前後の女性は言う。「ものすごい量のくしゃくしゃの和紙もいるしね、服なんか食用色素でしみだらけになるのよ。」 詳しく語ってくれた女性に礼を言うと、彼女が所属するチームメンバー全員に半ば強制され、そのまま隊列に加わることになった。彼等が自慢するだけのことはある行燈を担ぎ、そのまま町を練り歩く。道すがら同じような行燈を担いだ別のチーム、これまた別のチームに遭遇する。行燈の高さは約5メートルあるのだが、それを担いで道を行くうち、どうして長さ1メートルもありそうな木の根っこが行燈のあちこちから突き出ているのか、そろそろ不思議に思い始めた。そう思ってすれ違う他のチームの行燈をまじまじ凝視すると、各チームメンバーが着ているハッピやメンバーの髪型が少しずつ違うことに気付く。彼らが叫びながら歌っている曲や太鼓の音、踊り、全てが個々のチームで違うのだ。
富山県西部に小矢部市という小さな田舎町がある。これら行燈を担ぐチームは、それぞれ小矢部市の異なった地域を代表している。彼らが引き廻している行燈は、彼らの豊作への祈りや、360年続く夏の伝統儀式への敬服の念を表している。実際出来上がった行燈は一見の価値がある。少なくとも作った人達はそう思っている。酒を一献、また一献と私に薦めながら、彼らが自分たちの作り上げた行燈を熱心に見てくれと言う様や、製作の苦労話を語る様を見ると、彼らの行燈に対する誇りと思い入れは誰の目にも一目瞭然なのである。
行燈を担いだチームは、祭りのメインストリートめがけて練り歩き、宵闇が迫る頃、縦長のイベント広場の片側まで到達すると、その場に行燈を設置する。酒はますます進み、話もさらに弾む、この辺りで全てのチームの叫び声が大きくなるのに気付く。ラウドスピーカーからエネルギッシュな案内放送が流れ、群衆の叫び声がひときわ増したその時、イベント広場に集まった人々の戸惑った目線を追うと、その視線の先には広場中央に布陣した消防隊、そして準備万端の消防士たちが忽然と姿を現す。
ラウドスピーカーの掛け声に応じ、チームの大半メンバーが行燈から突き出た木の根っこ部分に移動する。綱をつかみながら、たくさんのメンバーが行燈の先頭に並ぶ。ある者は行燈の頂上や横側によじ登り、リーダーは前方に立つ。言われるがまま私も行燈の横側に移動すると、広場の向こうでは別のチームが同じ手順で同じことをやっているのに気づく。叫び声が一際高くなり、興奮して酔っぱらったチームメンバーが飛び跳ねながら引っ張る勢いで行燈は大揺れに揺れる。突然驚くべき勢いで行燈のスピードが増したかと思うと前につんのめってしまう。どこかで誰かが「何かにしっかり掴まれ」、と指示を出す。行燈の前方が、木の根っこやチームメイト、全てを総動員した想像を絶する重さで引っ張られ、地面に投げ出されそうになる。すると行燈は夜天高く持ち上げられ、敵対する相手チームの行燈向かって激突する。続いて指示が出るが、てんやわんやの騒ぎに紛れて何を言っているのかさっぱり聞こえない。それでもなんとか踏ん張ってしがみついていると、行燈の前方が倒れるのに従い自分も前に押し出される。至極満足な激突の音が聞こえるや否や、光と炎が飛び散る。ぶつかり合った行燈のバルブが吹き飛んだのだ。ここで私のチームが相手チームの努力の結晶である行燈を、見事打ち砕いたことに気付く。勝利を祝う雄叫びと、消防隊員が小さな炎をあちこち消しまわる掛け声が聞こえると、祭りの司会者が戦い1ラウンド目の終了を告げる。これが富山の「喧嘩夜高行燈引き廻し」なのだ。「津沢夜高行燈祭り」とも言う。
津沢夜高行燈祭り
これが私の北陸曳山の伝統行事を見る最初の機会となったわけだが、津沢夜高行燈祭り(毎年6月第1金土曜日の夕方~深夜開催)は、実は曳山祭りシーズンの公式な終了を告げる最後の祭りなのだ。他の「神輿つぶし」関連祭りを楽しみたい方は、春に北陸を訪れ、これから始まる祭りの情報に目を光らせるとよいだろう。