海底炭鉱の島”採炭関連施設”vol.3

ほとんどが崩壊している海底の玄関口

Masayoshi Hirose   2014/10/13によって

今年1月1日に訪れた軍艦島の最終の記事、炭鉱の島の歴史に改めて注目した。

1810年頃に発見された石炭、出炭量が増加するにつれ人口も増加し、日本初の鉄筋コンクリートの高層住宅が建設。最盛期には約5300人もの人々が住み、当時の東京都の9倍もの人口密度にまで達した。エネルギー革命により需要が石油に移った事で、出炭量も人口も減少し、1974年に鉱山は閉山、同年に無人島になった。

高層鉄筋アパートが立ち並ぶその外観が軍艦”土佐”に似ている事からその名称が付いた軍艦島。

我が国の産業革命の足跡をしっかり遺すこの島に、また近い将来戻ってきたい思いが強く残った。

海底炭鉱の島、軍艦島

  1. 軍艦島の全貌vol.1
  2. 貯炭場と鉱員住宅跡vol.2
  3. 採炭関連施設vol.3
Masayoshi Hiroseさんによって撮影されました
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