長崎 軍艦島上陸
「軍艦島」をゆく

Senén Germadeによって
コミュニティライター

コミュニティライター

この地区はかつて炭鉱の中枢部だった (著作権:Senén Germade)

総合管理棟内には、鉱員用の巨大共同浴場まで設備されていた (著作権:Senén Germade)

総合管理棟の周囲には、もちろん沢山の建物があったが、時の流れにつれ全壊、少なくとも半壊した (著作権:Senén Germade)

石炭を積載するベルトコンベア。これを使って石炭は集積所に運ばれた (著作権:Senén Germade)

支柱のみが残るベルトコンベア (著作権:Senén Germade)

第二炭鉱入口に残る突堤の残骸 (著作権:Senén Germade)

自然腐食 (著作権:Senén Germade)

朽ち果てた炭鉱ビル跡 (著作権:Senén Germade)

30号棟と呼ばれるアパート。1916年に建築され「グラバーハウス」とも呼ばれている。日本最古のRC造アパートで、端島の鉱員社宅だった (著作権:Senén Germade)

30号棟アパートを別の角度から写した。右側が30号棟、左が31号棟だ。31号棟ビルの地下には共同浴場があり、1階には郵便局と床屋があった (著作権:Senén Germade)

端島の岸壁。このタイプの石の護岸は「あまかわ」と呼ばれる接着剤で結合されている (著作権:Senén Germade)

明治時代に入ると島の拡張に伴い岸壁も拡張されていった (著作権:Senén Germade)

「軍艦」の島、と呼ばれる軍艦島を去る (著作権:Senén Germade)
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