神戸・阪急電車、苦楽園口駅そばに、上島珈琲本店はある。
戦前の昭和8年個人商店として上島忠雄がコーヒー事業を始めたのが興りである。
明治初頭、西洋文化が堰を切ったように西欧から流れ込んだ。
目新しい西洋の飲食物もそうだが、コーヒーについてはそれよりずっと以前にすでに日本においては広まっていた。
ただし、密かに静かに。
日本にコーヒー文化が初めてもたらされたのは長崎出島である。
徳川幕府による鎖国統制下、唯一の貿易相手国であったオランダがその茶色い豆を持ち込んだのだ。
他の珍しい品々と同様、このコーヒーも大名などの有力者のみが服用したかというと意外にもそうではない。
当時はコーヒーは薬であった。
樺太開拓、蝦夷開拓などで兵士や労役夫は、野菜摂取不足によって水腫病に罹ると利尿作用があるコーヒーを服用させられた。
やがて日米和親条約によって外国へ門扉を開いた日本。
もはやコーヒーは「禁制品」では無い。
多くの外国人が日本に暮らし始めるとコーヒー飲用の習慣も徐々に彼らの元から日本人へと伝わりだした。
あわせて、銀座などにもカフェが誕生。
日本のコーヒー文化の揺籃期は、こうして徐々に成熟してゆく。
上島忠雄が神戸でコーヒー事業を興すのはそれから60年も経っての1933年のことだった。
今日”Key Coffee” と並ぶ企業に成長したUCCは「Ueshima Coffee Co.」の略である。
上島珈琲の個性は彼ら独自のコーヒー農園を外国に展開している点だ。
ジャマイカでブルーマウンテンの農園を、ハワイ島コナにコナコーヒー農園を持つ。
コーヒーは農作物であるから、その栽培の全過程を管理することでより高品質の原材料を市場に供給できる。
缶コーヒーという世界に類を見ない形態でコーヒーを流通している日本にあって、より本格的なコーヒー愛飲者の啓蒙に、上島珈琲が果たした役割は大変大きいと言っていい。
併せて上島珈琲ではRAA(レインフォレストアライアンス)認証コーヒー豆を使用していることも付記しなければならない。
RAA認証コーヒーとは、「伝統的な栽培方法を用いて森林と野生生物を守り、労働者に適切な労働条件を与えている農園を認証し、その農園で生産されたコーヒー」(RAAホームページより引用)をさす。
地球規模の角度からコーヒー事業を見据えてコーヒー文化を、この上島珈琲にはリードしてもらいたいと思うのだ。
上島珈琲はコーヒー喫茶店を全国フランチャイズ展開しているのだが、その本店がここ神戸・苦楽園口駅前にある。
店外の重厚な構えとは逆に、店内はいたってシンプルだ。
最近はやりのカフェと同様のサービスシステムである。
しかし、供されるコーヒーはやはりすばらしくおいしいものだった。
上島珈琲で普通のホットコーヒーをオーダーすると、それはネルドリップで入れたものが来る。
ネルドリップは、かつて一世を風靡したコーヒーの入れ方だ。
紙フィルターと違い、コクと旨みがそのままコーヒーに残る。
コーヒーの味覚の要素がフランネルの繊維をフィルターにしていい塩梅に濾される。
慣れないと、最初、苦味が感じられるかもしれない。
が、しばらくすると、ネルドリップならではの独特の滑らかな味わいの説得力に納得してしまう。
京都のイノダコーヒと似て、こだわりのコーヒー文化を日本市場で伝搬している神戸・上島珈琲。
なかなかの素晴らしい個性である。