祖谷渓谷は、徳島の西部に位置する真の秘境だ。かつて落武者たちが敵から身を隠すために逃れたといわれる。その頃に比べれば随分行きやすくなったとはいえ、今日でも道はかなり険しい。車で行くのが最適だろう。渓谷は南に向かい、うねうねと蛇廻しながら三好市を横切っていて、山頂近くになると、運転席のドアを開けば即、2~3キロメートル下の崖に転落するような狭い道を通らねばならない。対向車が来ようものなら立ち往生する、それほどの狭い道だ。
渓谷沿いの道路には、車から降りて鑑賞できるよう、ところどころに展望デッキが設けられている。春の季節ですら、雲は低く垂れこめ、霧があちこちに点在しており、写真愛好家には絶好の撮影場所だ。そんな場所の一つに忽然と姿を現すのが小便小僧だ。2キロメートル下に河を見下ろす断崖絶壁に突き出た岩にセメント付けされたその小僧は、なんと崖下の河に向けて小便を放っているのである。かつて崖の窪地から身を乗り出し、肝試しに小便をしていた勇敢な人々がいたに違いない。この小便小僧に向かって小銭を投げつけると、ご利益(りやく)があるらしいのだが、小僧に当たらず小銭が崖下に転落した場合起こり得る不運については、ご想像にお任せする。
この渓谷でもう一つの見どころは、なんと言っても「かずら橋夢舞台」のすぐ下方にある「祖谷のかずら橋」だろう。ゆとりのある駐車場、レストラン、ギフトショップがあり、地元工芸品やお土産を買う事ができる。かずら橋に向かって更に100メートルほど下に降りると、素敵な日本のお菓子や食事を提供する小さな店が立ち並んでいる。炭火焼きの魚の、なんともいえぬ良い香りに舌舐めずりすること請け合いだ。
かずら橋は日の出から日没まで一年を通じて開橋しており、通行料は500円だ。気の弱い方にはお薦めできない。なぜなら、橋の歩道は木の板製で20センチずつすき間があり、下を見下ろしながら足元を確かめないと歩けないからだ。はるか下方に広がる急流を随時見下ろしながら渡らなければならないという、高所恐怖症の人には最悪の橋だ。かずら橋は落武者が谷越えする時、自分が渡ったあと橋を切り落として敵の追随を防ぎ、山中深く逃げ込むために作られた。現在の橋もかずらで出来ているが、ケーブルにより強化され、安全性を確保するため定期的に新しいかずらに取り替えられている。
近くには美しい滝があり、滝壺で少年たちが泳いでいた。水は冷たく清涼感があり、暑い季節に汗を洗い流すのに最適だ。滝壺の水は道路の下をかいくぐって河に合流し、水かさの低い時間帯には川岸に降りて散歩を楽しめる。4月~11月までの営業だが、かずら橋から徒歩10分の距離にはバンガロー付きのキャンプ場があり、バーベキューを楽しめる。その他周辺には、平家屋敷民俗資料館、そば打ち学校、サムライ屋敷、温泉旅館など数々の観光スポットがある。後日紹介する。