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法隆寺の650体の仏像の中で、最も謎に満ちた仏は、東院伽藍の夢殿に祀られている救世観音像
888(仁和4)年に落成した仁和寺の御室御殿には、その建築様式や庭の配置などに、御所のたたずまいが色濃く残っている。建物をつなぐ鍵型の回廊を歩けば、平安貴族の雅な世界にタイムスリップできる。
大自然阿蘇の水から生まれた酒、れいざん。山村酒造、専務・企画広報部長に阿蘇の魅力、おいしいお酒のお話をお伺いしました。
京都 下鴨神社:伝説の八咫烏は、下鴨神社の御祭神・賀茂建角身命(かもたてつぬみのみこと)の仮の姿だった!昔、初代天皇となる神武天皇の道案内をした八咫烏は、現在、ボールをゴールに導くという願いを込めて、サッカー日本代表のユニフォームにデザインされている
この寺の骨董市は抜群だ。入場は無料で、寺の敷地には骨董商の品物が所狭しとぎっしり並ぶ。
新発見された龍馬直筆の手紙: 龍馬は暗殺1週間前、親友 由利公正に会うため福井を訪れた。卓越した経済家、由利公正と龍馬の心温まるエピソード。
鎌倉大仏は、東国・鎌倉のシンボルとして、独自の意匠を加えた新しい大仏像であった。なぜなら、鎌倉幕府の願いは、鎌倉が日本の新都として繁栄することであり、鎌倉が新しい政治を行うにふさわしい土地であることをアピールすることであったからである。つまり、鎌倉のシンボルである大仏には、これまでの常識とは異なるものを打ち立てていく必要があったのだ。
俘虜収容所がパラダイスに成り得るなど、誰が想像できるだろう? もちろん私には思いもよらなかった、この収容所の話を聞くまでは・・・ 第一次世界大戦中の1917年から1920年にかけて、徳島県鳴門市には「板東俘虜収容所」と呼ばれる収容所があった。