先日、芦原芸妓の舞を観に行ったついでに芦原温泉に宿泊した。福井市内から車で40分程の距離にある温泉街だから、わざわざ泊まることもないのだが、福井に住んで3年、未だ観光客気分が抜けない私は「せっかく温泉街まで来たのだから」泊まることにしたわけだ。吹雪舞い散る寒い冬の日、芸妓の舞を堪能した後ゆっくりと温泉に浸かり、おいしい料理に舌鼓を打ち、酒を楽しむ・・・まるでおやじの詠嘆だが、これ以上の至福はないであろう。
して、どこに泊まるかが問題だ。私が宿泊した「芦原の宿 八木」、実は以前泊まったことがあり、今回は別の宿を試してみたかったのだが、ないのだ、そこそこの値段で泊まれる良い宿が。考えてみると、今ちょうど越前ガニのシーズンなのである。どおりで満室なわけで、空いている宿もあったが、超高額の1人1泊5万円以上!? 冗談ではない! 一世一代の大勝負、という旅行なら出さない金額でもないが、近所の温泉にもののついでに泊まってみるにはあり得ない価格だ。
そこで空室を見つけたのが「芦原の宿 八木」だった。が、これは実に意外で、なぜならこの宿は、芦原温泉の中でも老舗旅館として名高い高級ホテルだからである。福井の人間なら誰でも知っている有名旅館なのだ。「高級」にもいろんな意味があるのだが、なるほど、「高級」イコール「高額」なわけではないらしい、ふむふむ、私好みだ、いや、誰でも好みなはずだ。
私が選んだのは1泊2食付きの「カニしゃぶ」コースで、食事は部屋食ではなく食事処でとる(別料金を払えばもちろん部屋食にもできる)。別注の酒など含め一人約25,000円だ。ちなみにこのカニは「越前ガニ」ではない。これが越前ガニとなると一人50,000円になるわけで、別段カニが大好物でもない私にとっては論外なのだ。
そしてここは何といっても老舗旅館なのである。上品な意匠、広々としたロビーや休憩エリア、ゆったりとした温泉、行き届いたサービス、従業員の態度は申し分なし。というのも、老舗高級旅館に行くと、中にはこちらが緊張を強いられるほど高飛車なホテルもあり、全くくつろげない、もしくは腹を立てて帰ってくることがままあるのだが、ここは老舗ならではの教育が行き届いている。フロントから給仕スタッフに至るまで、押しつけがましくない丁寧なサービスをさらりと提供してくれる。創業100年以上のホテルならではの洗練された「おもてなし」だ。
もう一つ特筆すべきは、そのチェックアウト時間だ。通常日本の旅館スタイルのホテルはチェックアウトが午前10時で、しかもスタッフが朝早く部屋の布団を片付けるため、どかどかとなだれこんでくる。これは常人にとっては朝駆け、私にとっては夜討ちに遭うようなもので、休日であろうと早起きしたい人には問題なかろうが、休日に惰眠をむさぼるのが楽しみな私にとり、これほど迷惑千万なシステムはない。大枚はたいてリラックスしにきたはずの温泉旅館でまたしても早起きと緊張を強いられる、これほどの切なさがあろうか。しかしこのホテルのチェックアウト時間は珍しく午前11時なのだ。しかもスタッフは客がチェックアウトするまで布団を片付けに来ず、放っておいてくれる。まるで私のためにあるようなホテルではないか。これなら惰眠をむさぼった後ゆるゆると起き、遅めの朝食を取り、更に一風呂浴び、ゆるゆると身づくろいしてから優雅にチェックアウトできる。早起きが得意な人なら朝起きてまず温泉に入り、朝食後、再び温泉に浸かって帰る、という離れ業も難なくこなせる夢のようなホテルなのだ。
老舗旅館の格式とサービス、おいしい料理、ゆったりした上品な客室やロビー、その上価格はリーズナブルでチェックアウトにも余裕がある「芦原の宿 八木」、福井に来た際には、また福井に住んでいる人にも、是非一度試してほしいホテルだ。