滋賀県湖南市三雲(しがけんこなんしみくも)の山裾に、妙感寺(みょうかんじ)はあります。明るく開けた参道を進むと、大きな松の木が方丈(ほうじょう、本堂)を守るようにしているのが目に入ってきます。
後醍醐天皇の側近であった万里小路藤房(までのこうじふじふさ、藤原藤房)は、後醍醐天皇に建武の親政の非を諫言した忠臣であったのですが、諫言を聞き入れてもらえず、政治に絶望して出家し、ここ妙感寺を開基し隠棲したといわれています。ちなみに「大師」とは、高徳な僧に朝廷から勅賜の形で贈られる尊称です、今までに約25名程の大師がおられます。「弘法大師」、「伝教大師」などが有名で、「藤原藤房」も「後西天皇」より「神光寂照禅師」、「明治天皇」からは「圓鑑国師」を、そして「昭和天皇」から「微妙大師」を勅賜されています。これは、藤房が平重盛・楠木正成とともに日本三忠臣の1人に数えられていることによると思われます。
正面に見えている方丈(開山堂)は「後水尾天皇」の中宮「東福門院和子(まさこ)」の水口御殿の一部を移転した物だそうです。「東福門院」とは、「徳川秀忠」と「江」の五女にあたり、「明正(めいしょう)天皇(女性)」を産まれました。方丈の前には見事な庭と池がありますが、これは約20年前寺に越してきた現在のご住職夫妻が、荒れていた寺を修復してこられた賜物です。
方丈の裏にも、手を入れかけた庭があり、庭の奥の裏山に「不老の滝」というものがあります。右側に登り口があり「磨崖仏」が拝見できます。少し急な階段の山道を登っていくと鹿避けの柵があり、簡単に外せる入り口の柵から更に山道を進みます。
林を抜けると建物があり、「磨崖地蔵菩薩蔵」と看板がでていました。磨崖仏は近江の湖南にはいくつか散見されますが、建物で囲ってあるのはあまりありません。説明板によると、 『磨崖仏とは、自然石の崖の面などを磨いてそれに彫刻した仏像などをいいます。妙感寺奥の院にあたる裏山の巨石(御影石)に刻まれた磨崖仏は通称山の地蔵と呼ばれています。この像の高さは173cmで県下でも最大クラス。ご面相や衣紋には風格があり、蓮弁もくっきりとしており、おおらかです。両脇には、小さな像が同じ石面に二体浮き彫になっています。地蔵経にいう掌善、掌悪の二童子であろうか、この形式を近江形式という』 とあります。
静かなお寺で、気持ちのすがすがしくなる佇まいは、是非とも訪れていただきたいものです。お車での訪問をお勧めします。