戦国三姉妹神社

福井に建つ「浅井三姉妹」を祀る神社

Takako Sakamoto   によって

福井の三姉妹神社は、柴田神社と共に北ノ庄城址に並び建っている。日本の戦国時代に興味がある方は、この有名な美人三姉妹をよくご存知のことだろう。彼女たちは歴史に名高い織田信長の美しい妹、お市の方の娘達なのである。

背景
織田信長暗殺の後、彼の2人の有力家臣が覇権を争い戦った。豊臣秀吉柴田勝家だ。結果勝家は敗北し、1583年、自らの居城に追い込まれた後、妻のお市と共に炎上する北ノ庄城内で自害する。しかしこの時お市の3人の娘たちは助け出された。彼女たちが勝家の実子ではなく、秀吉の元主君、織田信長の姪御たちだったからだ。秀吉は彼女たちの保護者となる。信長在世時、秀吉にとってこの娘達の母親お市の方は、手の届かぬ憧れの存在だった。一説ではお市の方は、秀吉の自分に対する恋慕の情、あるいは力を得た暁には自分を我が物にしようと謀るかもしれぬ、という危惧から、それを避けるため、わざわざ信長のもう一人の有力家臣、柴田勝家と再婚した、とも言われている。

その秀吉は勝家との戦いに勝ち、お市と勝家は燃え盛る北ノ庄城で灰燼と化した。信長の死後、次々とライバルを蹴落としていった秀吉は、ついに天下人の座にまで登り詰める。今や権力を手中に収めた秀吉は、かつて自分が憧れ、手に入れられなかったお市の方の忘れ形見、美しい娘達をどのように扱うだろうか?

長女 ( 娘 1) --  茶々
三姉妹の中で最も美しいと言われたのが、長女の茶々だ。炎上する北ノ庄城から救われた時、彼女はたった14歳だった。後に秀吉が51歳の時、彼は19歳の茶々を自分の側室にする。先に述べたように秀吉は茶々の母お市の方を秘かに恋慕していた。そして三姉妹の中で最も母親似だったのが茶々なのである。しかし秀吉は茶々にとって、親の仇だ。母と義父の仇であるだけでなく、かつて実の父親、浅井長政を攻め滅ぼしたのも秀吉軍なのである。一体親の仇の側室になる憂き目にあった彼女の心中は、如何ばかりだったろうか? しかし勝者が戦利品として敗者の妻や娘を我が物にする、という事象は、侍の世では日常茶飯事で、何もこのケースだけが特別だったわけではない。秀吉は茶々を溺愛した。彼女一人のために、なんと城まで建てたほどだ ( 京都の淀城 )。この城に因んで、以降彼女は淀君、淀の方、と呼ばれるに至る。後に淀は秀吉の息子を2人産んだ。一人は夭折したが、もう一人、秀頼は秀吉のただ一人の嫡子となった ( 秀吉には100人以上側室がいたが、正室も含め彼の子を懐妊したのは淀君たった一人というから不思議だ! )。秀吉の嫡子を産んだ功績により、淀君の権力は絶頂に達し、徳川家康軍により1615年滅亡に追い込まれるまで、彼女は秀吉王国の女王として君臨し続けた。

次女 ( 娘 2 ) -- 
三姉妹の中で、おそらく一番穏やかな人生を送ったのが次女の初だ。彼女は後に若狭小浜藩当主となる京極高次と結婚した。秀吉の家臣だった高次だが、秀吉の死後徳川方につき、それが幸いして明治維新にいたるまで京極家は生き残った。高次の死後、初は仏門に入り「常高院」と名乗った。姉の茶々とその息子秀頼が滅亡した大坂の陣で、徳川と豊臣の間に入り和睦調停に努めた以外は、自らの隠居寺、福井県小浜市にある常高寺で、静かな余生を送った。

三女 ( 娘 3 ) -- 
長女の茶々同様、三女の江も波瀾万丈の人生を送った。彼女は秀吉が仕組んだ政略結婚により、三度結婚させられた。しかし3度目におそらく幸運を得た。なぜなら結婚相手が徳川家康の嫡子秀忠で、彼は後に第二代徳川幕府将軍の座に登り詰めたからだ。しかしその結果彼女は自分の姉、長女茶々を敵に回すことになる。彼女の義父、家康は、彼女の娘を茶々の一人息子、秀頼の妻にする。しかし姉の茶々は妹の娘、自分の姪を徳川家のスパイと見做し、息子秀頼との仲を出来るだけ割こうと努めた。最終的に豊臣家を滅ぼす決意を固めた徳川家は、江の娘、秀頼の妻の住む大阪城を情け容赦なく攻撃する。しかし茶々は大阪城落城前、息子の妻、妹江の娘を開放し、徳川家に戻す。この行為が妹江に対する姉の愛から出たものか、または豊臣家を騙し陥れた卑怯な徳川家康に対するせめてもの当て付けだったのかは定かでない。江は姉茶々が非業の死を遂げた11年後の1626年に逝去し、東京の増上寺に埋葬された。京都のくろ谷寺 ( 金戒光明寺 ) には彼女の石碑、「宝篋印塔 ( ほうきょういんとう ) 」が建っている。

三人姉妹神社は、北ノ庄城址に建つ柴田神社、稲荷神社の再建に合わせ、1998年新たに建立された。境内には彼女たち3人の銅像が、母お市の方、義父柴田勝家の銅像と共に並び建っている。それぞれに悲劇的な人生を送った彼女達だが、そんな波瀾万丈の生涯の中、束の間家族水入らずで平穏な日々を過ごしたこの地で、今は安らかに眠っている。

北の庄城址シリーズ
1. 北ノ庄城址: 福井
2. 城跡に佇む福井の柴田神社
3. 戦国三姉妹神社
4. 柴田神社の中の稲荷神社

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Takako Sakamoto

Takako Sakamoto @takako.sakamoto

I was born in and grew up in Tokushima prefecture, and have lived in many places since then: Nishinomiya, Kyoto, Nara, Mie, Tokyo, Kanagawa, Saitama, Chiba, Fukuoka and Fukui. I am currently living in Yokohama City. All the places I lived, all the places I visited, I have loved dearly. The historical places where people lived, loved, suffered, and fought - places where I can still hear their heartbeats - mesmerize me. I'd like to retrace the footsteps of the people who lived in Japan a long long time ago, and introduce to you what they left behind on this soil.  

Takako Sakamoto

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