福井・あわら温泉「芸妓(げいぎ)」

あわら温泉の賑わいよ再び、との願い

Shozo Fujii   2014/03/09によって

あわら温泉は開湯百三十年の歴史である。

が、隣の山代・山中の千三百年のそれには比べるべくもない。

彼の地ではその長い年月の中で幾つもの伝説が生まれ、それらの史跡が今に残っている。

山中には鶴仙渓があり山中塗がある。

山代には九谷焼がある。

さて福井あわら温泉。

明治時代の農業用灌漑工事の折に偶然温泉が田んぼの真ん中に湧きでたのが開湯の由来だ。

湧出地は元より湿地帯で周辺は稲田のために風光明媚な観光スポットが近辺にあるわけではない。

そのためにそれぞれの旅館が各々工夫を凝らした。

京都から庭師を招いて美しい和風庭園を造る。

大工に風雅な部屋を設えさせる。

料理も酒も地元や近隣から飛び切りの美味を調達できた。

加えて三国の北前船貿易も当時は隆盛を誇っていた。

関西からも程よい距離でもあることから「関西の奥座敷」と呼ばれ、京都歌舞伎座の興行があると東京の役者さん達は舞台の前日などは芦原温泉まで足を延ばしてあわらのお湯に身を温めたという。

こんにちのベテランの芦原芸妓さんの中にはそういうエピソードを実際体験した方々が多いそうだ。

バブル期には京阪神からの団体客で予約帳簿が真っ黒に埋まったという。

そしてそのお座敷に華を添えたのが芸者衆であった。

関東では芸者、関西では芸妓(げいぎ)と呼ぶ。

かつて芦原芸妓と言えば、舞踊、唄、三味線太鼓などの芸の格調の高さで全国にその名を轟かせていたものだ。

お座敷や舞台がない日は稽古に励む。

芸能の見事さはここにある。

しかし北前船貿易は鉄道輸送に代わって三国・芦原の賑わいは大きく陰った。

さらにバブルもはじけて客筋は個人や家族客が中心となる。

当然ながら芸妓を上げての宴席も激減した。

今日の温泉客は芸妓の遊び方を知らないのである。

それが何か途方も無い金銭を必要とするとか、遊び方も相当世慣れた風流人の世界のように思われていることもあろう。

さらに、昨今はくだけた雰囲気で座を盛り上げるコンパニオンがあちこちの宴席を席巻して、今や芸妓のお座敷は絶滅しかかっているような状況だ。

すでに述べたように、あわら温泉のホテルや旅館の外にはこれといって見るべきものがないゆえに、宿泊客をその館内で十分楽しめるように旅館側はあらゆる工夫を凝らした。

つまり、芦原温泉のホテル・旅館は<完結型>なのである。

チェックインからチェックアウトまで外に出る必要がない。

内部に必要十分なものがすべてある。

だがこれは功罪相半ばする。

普通温泉地を訪ねると、浴衣にはんてんを着た客たちが三々五々、下駄の音も軽やかに路地を楽しそうに散歩する姿がある。

あれは眺めて、また実際歩いて実にいいものだ。

土産物屋やまんじゅう屋をひやかしたり覗いたり。

一方、あわらには外に何も無いから散策のしようがない。

温泉街に人通りが無くがらんとした風景はどうにももの寂しいのだ。

どうしたらあわら温泉に、また温泉街に活気を呼び戻せるか。

ところが、この窮状に立ち上がった芸妓がいる。

糸扇家まどか。

長く地方(じかた)の芸妓としてあわら温泉のお座敷を持ってきた。

「手をこまねいていても、このままでは芦原芸妓は消滅してしまう。問題が複雑なだけに誰も立ち上がらない。ならば、当事者の自分が立つしかないのです。」

だが、まどかさんには悲壮感などはない。

元気一杯、とにかく明るいのだ。

「旅館さんは素晴らしいです。でもその良さは泊まるなりして中に入ってみなければわからないのです。」

完結型の宿泊システムから抜け出たプロジェクトを打ち上げて、お客を旅館の外に呼び出さなければならない。

アイデアのヒントは大体いつも足元にあるものである。

あわら温泉のもう一つの財産である芸妓の芸能を使ったらどうだろう。

お座敷で芸妓を見たことのない日本人が大半だ。

では芸妓を見てもらおう。

間近で見て、また言葉を交わして、親しんでもらおう。

舞や唄を見て聴いてもらおう。

この意図からワンコインイベント「芦原芸妓 in セントピアあわら」が始まった。

あわら温泉内に建つ総湯「セントピあわら」館内で、舞踊と謡いが催されるのだ。

その優雅さに目を奪われる客たち。

忘れていた日本の伝統芸能に触れられて、何かとても暖かいものが心の底にすとんと落ちる、そんな感慨だ。

「今のままでいい、なんて言っていたらこの先には芸妓消滅の未来です。日本の伝統芸能の消滅です。」

コンパニオン遊びも気軽でいいが、芸妓のお座敷の花代(費用)はコンパニオンと何ら変わらないのだ。

それでいて、謡いや舞の披露の後、芸妓さんに美酒のお酌までしていただける。

おしゃべりも楽しめる。

そういう酔いたるや、もう舞い上がる心地である。

検番に電話して気軽に問い合わせたらいい。

まどかさんのお嬢さん、ひさ乃さんも18歳で舞妓としてデビューした。

そののち、芸妓に襟替え。

襟替えとは、舞妓の赤襟が芸妓になると白襟になることをいう。

ただいま親子芸妓として活躍中だ。

「芸妓としてもっともっと芸を磨いていきたいです。」と28歳のひさ乃さんの目は涼しい。

「心からのおもてなし。これが芦原芸妓そのものです。」と、まどかさん。

芦原芸妓とその伝統芸能のために、あわら温泉の魅力の一つであり続けるために情熱を注ぎます、と言うまどかさんとひさ乃さん親子芸妓に、

「あわら温泉は良いよ~。温泉も料理も良いよ。それに、芸者さんの本物、お座敷で楽しかったよ。」

そんな声がたくさんのお客さんから聞こえて来る日はそう遠くないと見た。

まどかさん、秘めたるアイデアはまだまだあるそうだ。

その実現が楽しみである。

Shozo Fujiiさんによって書かれました。
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