神戸に降り立つと何やら不思議な高揚感がある。
十度を超す過去の神戸訪問はそのほとんどが仕事絡みだったから、やはりプライベートな今回の旅に気持ちも華やぐのは無理もない。
阪急三宮駅から北野坂を上がり北野通を右に折れると、坂の中腹に目指す「北野美術館」の黒猫が見えてきた。
神戸の歴史は港、それも貿易港の歴史そのものである。
遠くは奈良時代、大輪田泊(おおわだのとまり)として始まった交易港。
神戸とはその周辺の村の名前だったそうだが、この港の名前が神戸と変わるのはずっと後の世のことになる。
平清盛の時代には日宋貿易の中心地として、その後鎌倉時代には日明貿易あるいは北前船の航路上の拠点としてこの大輪田泊は大いに栄えた。
やがて、日清戦争(1894-95)を観て、アメリカ合衆国はこの神戸に総領事館を開く。
覇権を夢見るアメリカには、ロンドン、ニューヨーク、ハンブルグと並ぶ世界四大開運市場と呼ばれたこの地神戸を東アジア進出へのマザーポートとする狙いがあったのだろう。
米国総領事館の官舎が1898年に此処北野に建った。
およそ20数年の役目を終えたこの建物は一端は閉じられるが、1996年、「北野美術館」としてふたたび甦るのである。
石段を踏みしめ、木々の青葉をくぐる。
ドアを開けて中に入るや包み込まれるこの色濃いエキゾチシズムはどうだ。
折りしも開催されていた「現代アート展」の作品群の放埓なエネルギーに酔ったか。
どこか遠い国の見果てぬ街に放り込まれたかのように、壁を、柱を、床を眺め歩く私の心はいつまでも高鳴り続けた。