福井の歌人、橘曙覧の奥墓

ビル・クリントン大統領のスピーチで有名になった福井の歌人!

福井に住み始めて4年になるが、当初私は福井出身の歌人、橘曙覧 ( たちばなのあけみ) について全く知らなかった。しかし地元の人々は勿論良く知っていて、彼の名前をあちこちで耳にした。何でも天皇皇后両陛下が1994年にアメリカを訪れた際、ホワイトハウスで行われた歓迎セレモニーで、当時アメリカ合衆国大統領だったビル・クリントン氏が歓迎スピーチの最中、橘曙覧の歌を引用し、それを機に矢庭に有名になったというのだ。この話を聞くと、どうしてクリントン大統領が、日本国内ですら無名の地方歌人の歌を引用したのか、また如何にして彼の歌を知ったのか、誰もが不思議に思うに違いない。私も全く理由が分からず疑問に思った。しかしその後、2013年に福井を訪れた著名日本文学者/歴史家のドナルド・キーン氏講演を聴くに及び、その謎が解けた。

キーン氏によれば、クリントン大統領は大の読書家で、日本文学も好きなのだそうだ。大統領はキーン氏が執筆した日本文学の評論本シリーズを持っており、その中で橘曙覧の歌も紹介されているらしい。ここからは私の推量だ。日本の皇室の主要な仕事の一部は、周知のとおり伝統の継承だ。特に日本古来の和歌は、幼少時から嫌と言うほど仕込まれる。彼等自身、優秀な歌人であり、おそらく何千もの古い和歌を諳んじているに違いない (7~8世紀頃詠まれた和歌)。そういう古典的和歌に比べると、橘曙覧 (1812 – 1868) の和歌は近世に属する。彼は市井の人々の日常生活を詠った歌人として有名で、現代の聴衆からすれば、1000年以上も前に宮廷貴族たちが詠んだ和歌を聴くよりも、曙覧 (あけみ) の歌を聴く方が親しみやすく理解するのも簡単だ。また、日本の古典文学の権威ともいえる天皇皇后両陛下すら知らないかもしれない歌人の歌を引用することは、クリントン大統領の日本文学への造詣の深さを示すことにもなるのではないか?!

クリントン大統領が果たしてどんな歌を引用したのか、下記がそのスピーチの抜粋だ。

「天皇皇后両陛下は、アメリカと日本両国が切っても切り離せない運命共同体になった、日々これ挑戦の連続である歴史的時期に我が国をご訪問されました。しかしこれらの挑戦は、我々に共に新しい道を切り拓く機会を与えてくれます。

ここで日本の歌人、橘曙覧の残した優雅な和歌を一緒に聴いて頂きたいと思います。
「たのしみは 朝おきいでて 昨日まで 無かりし花の 咲ける見る時」

この歌は100年以上も前に詠まれたものですが、現代に通じる不滅のメッセージを秘めています。一日一日が新しい花の開花を約束してくれるのです: 進化への期待と日々深まる二国民の友情を約束してくれるのです。

天皇皇后両陛下、私たちの共通の理想を達成しようとする決意、そして共に理想の実現に向けて努力する決意は堅固です。私たちは心の底から両陛下を歓迎しております。両陛下を我が国にお招きできたことはこの上なき光栄です。」

というわけで、忘れ去られた無名の福井歌人が、クリントン大統領のこのスピーチのおかげで、少なくとも日本では知名度を得たわけだ。なんと2000年には福井市が橘曙覧記念文学館まで建ててしまうほどのブームを地元にも惹き起こした。彼の蘇った (もしくは初の) 知名度は、ひとえにクリントン大統領のおかげで、よくぞ曙覧の歌を選んでくれたと、福井県人の一人として手放しで喜びたい。

橘曙覧の奥墓は福井松平家廟所と共に、大安禅寺裏手の山中にある。この寺は福井市中心部から車で30分ほどの場所に位置し、ここでは咲き誇る美しいアジサイ花菖蒲も観ることが出来る。

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