京都紀行の楽しみ方はいくつもある。
日本史を辿るような寺社仏閣・建築物巡り。
石川丈山に代表されるような庭園巡り。
狩野探幽らの手による日本画美術巡り。
京料理、京漬物、京野菜などの美味巡り。
古来より天皇在住地であり政治の中心地であった京都で必然的に興った貴族文化は洗練の極みである。
その京文化は千数百年の歴史の中であらゆるものに練磨と熟成を施して来た。
酒にしても同様である。
水と米と醸造技術のどれもが完璧に組み合わされてこその銘酒だが、京文化に横たわる洗練を追求するというスタンスは、伏見の酒造りにも当然のことながら反映されてきたと言えよう。
戦後の三倍増醸清酒や1980年以降の価格破壊の試練を超えると、若い職人たちが情熱を静かにたぎらせつつ酒造りに加わり出す新たな流れが起き出した。
世界的なワイン・酒の品評会に、追究結晶の酒が送り出されると、その高い完成度と美味しさを認め、感嘆と絶賛の拍手を贈ったのは世界のSake fanであった。
日本酒は今や世界の酒となったのである。
レストランでは、高価なブルゴーニュのモンラッシェと併せて「Junmai Daiginjo (純米大吟醸)」がソムリエによって勧められる。
そんな日本酒ファンには嬉しいこの頃、京都伏見ぶらぶらの楽しみはやはり伏見酒呑みである。
十九の酒蔵が立ち並ぶ伏見の酒蔵はそれぞれに個性を注いだ酒を醸成しているが、その蔵元全ての酒が味わえる素晴らしい店が「油長」だ。
あぶらちょう、と読むこの店は、京都近鉄線「桃山御稜前駅」から直ぐ、大手筋商店街の真ん中に在る。
店内には伏見の清酒だけでなくワインや焼酎も商品として所せましと陳列されているがこの店の魅力は何と言っても伏見全酒蔵の利き酒ができるということだ。気に入りが見つかれば買い求めることもできる。
カウンター席のみ。10脚もスツールがあろうか。腰を下ろすと、小ぶりの盆が運ばれてくる。盆には小さな利き酒用の猪口が3つと豆腐の小鉢、ふき味噌の小鉢が載っている。
利き酒用の猪口は「利き猪口」といい、内側の底に藍色の二重の輪が描かれている。
この藍色の輪を「蛇の目」という。
白磁の白と藍の対比によって酒の色やにごりを利くためだ。
1つ40ccのミニチュア利き猪口である。
さて、店の方に説明を受けつつ広げられた品書きには吟醸、大吟醸、純米、古酒などずらりと80種類もの伏見酒が載っている。
味わいの薄いものから濃厚なものへと3つの利き猪口に注がれていくシステムだ。利き酒なのでこの手順が要なのだろう。
19蔵元はそれぞれが自信作を送り出してきているのだろう。どれもこれも唸るほどに美味い!小鉢の豆腐を少々つまんで口中の酒を切り、新たな一口を利く。
中でも「京都・祝米 三割五分磨 井筒屋伝兵衛」と「玉乃光 伝承 山廃仕込 純米大吟醸」の味わいの深さと端正さには唸った。
酒が美しい、と思ったのだ。
本来の利き酒は利いた後口中の酒は吐き出すのが習いだが、ここでは味わいも楽しくのだから私も心置きなく味わい楽しみ尽くした。
次回は別の3本を利く楽しみができた。
京都紀行をここまで楽しめるのはひとえに酒を楽しめることが加わったことがある。飲兵衛に産んでくれた両親に感謝しなければならない。
飲兵衛の師、開高健氏は曰く、
『かくて、われらは今夜も飲む、
たしかに芸術は永く、人生は短い。
しかしこの一杯を飲んでいる時間くらいはある。
黄昏に乾杯を!』
冬師走の日は短い。
歩くそばから夕闇が追い駆けてくる。
ほろ酔いで少し頬も赤らんでいるだろうか。
小一時間の「油長」利き酒のあと、冬の微かな匂いを確かめながら酒蔵の板壁が両側に連なる通りへと歩き出した。