京都伏見界隈の酒蔵巡りは左党特に日本酒ファンにはたまらない楽しみだ。
京都近鉄線「桃山御陵前駅」で降り、大手筋商店街のモールの中程を左に折れてしばらく歩くと酒蔵の板壁が美しい通りに至る。
塩屋町の大通りに面して萌黄色の暖簾がひときわ目を引く。
「黄桜」。この伏見の酒元は興りが比較的新しい。
創立は大正14年(1925年)。創立者がサトウザクラ(黄桜)を好んだことから命名されたという。伏見とはいえ地方の一酒元が全国にその名を知られているのは宣伝戦略の巧みさに尽きるだろうか。
もはや黄桜の代名詞ともなった「河童(カッパ)」とあの耳に残るCMソング。
河童をマスコットキャラクターにしたのは、先代松本司朗が昭和30年当時「週刊朝日」に連載されていた清水崑さんが描くマンガ「かっぱ天国」を見て「これだ!」と思ったことに始まる。清水氏他界の後を受けた漫画家小島功氏の描く何とも妖艶セクシーな女性のカッパは多くの男性ファンを黄桜へと惹き付けた。
さらにあの「かっぱの歌」である。歌う楠トシエと言えば、CMソングの女王とも称される昭和の名歌手だ。彼女の歌は50年を超えて今日も流れている。もはや、黄桜といえば「カッパ」そして「カッパの歌」なのである。
そのような「黄桜」はその酒蔵の一部を改装してこの塩屋町に「黄桜カッパカントリー」なるミュージアムショップ&レストランを開き、伏見を訪れる人を楽しませている。
暖簾をくぐると右手はショップとレストランだ。
黄桜は数年前まで黄桜酒造という社名だったが、清酒だけでなく地ビール製造やレストラン経営という多角化展開をしていることから黄桜(株)と変更した。
そのレストランがショップの奥にある。
とても人気で昼も過ぎた時間にもかかわらず席待ちリストがずらりと埋まっている。
レストラン探訪は次回にすることにして今回は中庭の利き酒コーナーに向かった。
中庭では黄桜の酒が3種類のほか、甘酒や燗酒が2,300円で楽しめる。
穏やかな晴天とはいえ真冬の空気は冷たい。
それでも大吟醸をこくりこくりと喉に送り込んでいると身体の底から暖かさがじんわりと起こってきてたちまちの内に幸福感で満たされた。
この中庭に面して「カッパミュージアム」があって、カッパに関する研究資料が展示されている。
想像上の妖怪であるカッパをこれほどにしごく真面目に取り上げているのを見ていると、黄桜の人たちがこのマスコットをいかに大事にしているかが伝わってくる。
ミュージアムを出てもう一度中庭に戻り2杯目の「純米樽生貯蔵酒」を求める。それを歩き飲みしながら道路向かいの建物に入る。
ここには創業当時の清酒醸造に用いた木製の桶などの道具が展示されている。
建物内に「銀名水」という伏見の湧水がある。「金名水」「菊名水」と並んで伏見三大名水の一つである。
一人の女性が何本ものペットボトルを持って水汲みをしていた。
尋ねれば遠く滋賀からわざわざここまで定期的に水汲みに来るのだという。
こんな美味しい水でお茶を入れる生活を送れる人は幸いだ。
二杯の黄桜が私の身体と心を底から暖めてくれた頃には陽も西の方に大分傾いてきた。
清酒をこういう風に楽しませてくれる黄桜は私ならずともやはりフレンドリーなイメージを抱けられて嬉しい。