熊谷市立 荻野吟子記念館 

日本初の女性医師 荻野吟子の生涯を辿る

Kyoko Nishi   2015/02/04によって

関東平野を流れる一級河川利根川。この川に育まれた肥沃な田園地帯に、日本初の女性医師、荻野吟子の記念館があります。吟子は江戸末期の嘉永4年(1851年)、ここ現在の埼玉県熊谷市俵瀬に生を受けました。

村で指導者的役割を担う裕福な家庭に育ち、幸せな結婚をした吟子でしたが、この結婚が彼女の人生を大きく変えてしまいます。不慮の病気により夫と離縁した吟子は、闘病生活にあって女性医師の必要性を痛感し、自らその道を志します。しかし明治という時代、優秀な成績で学問を修めながらも、女性が医術開業試験を受けることは叶わず願書は却下され続けました。

吟子の生涯は渡辺淳一の小説「花埋み」で広く知られるようになり、ドラマ化や舞台化もされました。生家の長屋門を模した記念館では、年表でその生涯を詳しく説明しています。

これで勉強だけすれば医者になれる!』 小説「花埋み」より

奔走の末やっと受験の許可を得た吟子の言葉が年表に記されています。多くの人々の支えもあり、幾多の困難を克服した吟子は、明治18年(1885年)日本公許登録女医1号として35才で開業しました。館内には、生家に伝わる什器・医学書・受験の許可を得るために紐解いた法律書・書簡など、縁の品々が展示され、舞台で使われた衣装が華を添えています。

その後の吟子には更なるドラマが待っています。ぜひ記念館でその足跡を辿ってみて下さい。彼女のたゆまぬ努力と不屈の精神は、深く心に刻まれることでしょう。記念館裏手の土手に足を伸ばすと、遠くに上信越の山々を望み、足元にゆったりと利根川が流れます。故郷の風景は、根性で闘い続けた吟子にもやすらぎをもたらしたに違いありません。

※入場無料(開館時間9:00~17:00 月曜休館) 学芸員は常駐していませんが、10名以上の団体の場合はボランティアガイドを申し込むことができます。館内に電話がないため、お問い合わせは熊谷市妻沼中央公民館(電話:048-588-2044)までお願いします。

Kyoko Nishiさんによって書かれました。
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はじめまして!日本で初めての女性医師、記事にあるように私も以前、テレビドラマで観ました。この荻野吟子さんの大変な苦労を礎にその後続々と女性医師が誕生したんですね。確か、ご結婚後、医院を廃業し北海道か何処かに移住されたと記憶しているんですが・・・?
Kyoko Nishi 執筆者 3年前
Hiroseさまの写真、いつも楽しみにしております。和歌山の風景もとても印象的でした!(義父母が那智勝浦町に住んでおり、かつてボランティアガイドをしてました。) もし次回熊谷市を訪れる機会がありましたら、この記念館と埼玉県唯一の国宝建造物「妻沼聖天山」(ともに、熊谷市の旧妻沼町地域にあります)に是非お立ち寄り下さい。