福井あわら温泉「べにや」

本物のもてなしが味わえる風雅な老舗和風旅館

Shozo Fujii   2014/05/05によって

 桜の開花が待ち遠しい四月の空は程良い高さに陽を抱えている。

 「べにや」の玄関には気持ちの良い日差しが入り込んでいた。

「べにや」はあわら温泉開湯とともに創業した芦原温泉随一の老舗旅館である。

玄関正面に太い椎の大木が静かに堂々と立ち客を迎える。

この木は昭和31年に起こった芦原の大火の後、隣村の金津から当時すでに樹齢二百年のものを、大火からの復興を祈念して移植された。

「べにや」初代奥村藤五郎は「べにや」開業以前は三国で北前船の廻船問屋を営んでいた。

化粧用の紅粉(べにこ)の商いである。旅館「べにや」の名称はこれにちなんでいる。

明治維新以降、西欧の近代文明が急速に日本になだれ込むにつれ、当時の日本は廻船の水上輸送から鉄道の陸上輸送へと転換しつつある時代であった。

藤五郎は廻船交易業の先細りを敏感に感じ取っていたのだろう。

 明治16年芦原に温泉が湧き出るや藤五郎は翌17年に廻船業から大胆に業態転換、芦原に旅館「べにや」を創設した。

花街の隆盛にやや陰りが出始めていた三国から腕利きの料理人を引き連れての開業であった。

 芦原温泉は広大で平坦な坂井平野の中央にある。

元々福井越前の穀倉地帯であったから延々と農地が広がり、温泉の近隣周辺には取り立てて愛でる景観地も名所旧跡も無い。

それ故に、宿泊客の目を楽しませようと、京都の庭職人に乞うて旅館の中庭に雅趣あふれる和風庭園をしつらえた。

和室から縁側に出て庭を見やると、キビタキやオオルリが庭のどこからか、美しいさえずりを静謐の空気を振るわせてくる。

時折微風に木々の葉があおられて微かな音を打ち鳴らす。

 喧噪の都会から逃れてきた客にはもうこれだけで有り余る贅沢である。

心安まるため息をほうっと吐いている自分が気持ちいい。

福井芦原といえば素材の素晴らしい料理が何よりの楽しみである。

坂井平野の、さらに奥越の大野勝山と、それはみずみずしい野菜がふんだんに採れる。

隣の三国からは活きの良い魚介類が豊富に水揚げされる。

加えて、福井の水は奥越の山に降った雨水が地下に浸み込みそれが湧水としてわき出る「百年水」だ。

ミネラルをバランス良く含む中軟水は調理に最適である。

これらを以て調理された美味はあわらに泊まる客への最高のもてなしの一つだと言えよう。

 部屋数24室。

「べにや」は創業以来小規模旅館を徹底して貫いてきた。

それはお客様が何を求めて「べにや」に来るか、またそのお客様に「べにや」が何を提供できるかを常に自らに問いかけ見つめてきた結果だという。

 部屋はどれもとても趣味の良い美しい和室だ。平成天皇が皇太子の時に来福された際、宿泊先に「べにや」を選ばれた。それが大層お気に召されその後もう一度。

さらには秋篠宮殿下、常陸宮両殿下、高松宮妃殿下ほかのご皇族方がこぞって「べにや」を指名された。

今その理由が分かる。

いわゆる最高のもてなしを受けたいとする客に、最高のもてなしをしたいとする「べにや」にとって24室というのは最善の規模なのだと私なりに感じ入った。

 余談であるが、「つるつる言葉」というのがある。

 過剰な使用のためにいささか摩耗気味の言葉のことである。

「絆」と並んで「おもてなし」などもこれに当たるのでは無いか。

便利に使われすぎて意味も実体もすり減ってしまう。

ところが、「べにや」女将の奥村智代さんの言葉を聞いて、「べにや」の「おもてなし」にはさすが魂が入っていると思った。

「べにや」はお客様といかに絶妙の距離でコミュニケートできるかということにスタッフが心を砕いているという。

それには「べにや」スタッフがあわらや福井に誇りと愛情を抱き食材や旅館サービス全体により深い知識を持てる具体的な動きを日々重ねていく努力をしていかなければならない。

それが果たせて初めて客の心に届くコミュニケーションができるのではないか、と女将は言う。

日本全国津々浦々に名湯がある。

だから、良い温泉だけではお客様にあえて「あわら温泉」を選んではもらえない。

たまさかの癒やしの旅に数ある温泉地からあわら温泉を選び、さらにあえて「べにや」を選んでもらえるには、本物の「おもてなし」を尽くすしかない、と。

そこから「べにやスタイル」が生まれ出た。

 「べにや」には「お部屋係」というスタッフがいる。

10名で全員女性だ。当然ながらそれぞれに個性がある。

だからお客様の意向をさりげなく聞き、それに相応しいスタッフを付けるのだという。

リピーター客に対しては前回と同じ「お客様係」が担当する。

それによって、二度、三度と繰り返し「べにや」に泊まる客と気持ちを通わせて行く。

そうすると客もきさくに要望を伝えやすい雰囲気が醸成されてくる。

このようなきめ細やかさは小規模旅館「べにや」ならではの成せるわざだ。

リピーター率が40%を超えているということもここにあるのだということが腑に落ちた。

現代のこの渇いた時代にあって私たちが非日常の旅に求めるもの、それはしっとりと潤いのある暖かな心の通い合いである。

「べにや」の本物のおもてなしはお得感がある、と判断してお客は次もあわら温泉「べにや」を、となるのだろう。

本物の「おもてなし」を味わい楽しむためにぜひとも泊まりたい宿である。

Shozo Fujiiさんによって書かれました。
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