陶芸家の工房や越前焼関連の施設が集まる「越前陶芸村」。広大な公園になっているのだが、その中央に蕎麦屋「だいこん舎(や)」がある。今年(2017)で開業19年目である。福井県産の蕎麦粉を自家製粉して使い十割蕎麦にして供する。器はもちろん越前焼だ。
福井の蕎麦事情について少々垣間見よう。
福井県は全国有数の蕎麦の産地である。2015年の都道府県別蕎麦生産量ランキングは1970t生産で堂々の4位だ。
蕎麦と一口に言っても日本全国各地で栽培品種が違う。福井の蕎麦は「福井在来種」だ。在来種のみの生産にこだわっているのは福井県だけである。
在来種は遺伝子の影響を受けやすいため福井県では夏蕎麦を除いて他の品種の栽培は基本的に行わず、在来種のみである。在来種は小粒で実が詰まっている。そのため製粉が非常に難しく、なおかつ取れるそば粉の歩留まりも低い。しかしその分希少で美味しい。この昔ながらの品種にこだわるのは、ただその味の良さに尽きる。
福井県の主要な蕎麦の産地は大野市、勝山市、勝山市であるが、さらに坂井市丸岡町、福井市美山、池田町、越前市、南越前町今庄、永平寺町が個性ある蕎麦の産地として知られている。福井在来種の味は、さらに福井県内の各地域によって違ってくる。気候、土壌、水質、日照量、さらにはその地域の栽培者の栽培法などのテロワールが蕎麦の味の微妙な個性となって反映されてくるからである。
福井の蕎麦は越前蕎麦と呼ばれる。越前蕎麦の特徴は蕎麦殻も混ぜて製粉するため色が黒く風味がより強い。そして福井蕎麦は別名「越前おろし蕎麦」とも言われる。実に美味な食べ方だ。これには諸説あるが、遠く江戸時代、福井藩家老の本多富正が考案したという説が有力だ。荒れ地でも栽培しやすい蕎麦栽培を富正は奨励し、さらに食べ方まで考案したと言われている。蕎麦を噛み締めるたびに蕎麦の香ばしい風味と蕎麦麺に絡んだ大根の辛みと甘味が同時に口中に広がる。蕎麦に含まれる酵素ルチンは大根おろしのビタミンCと反応し毛細血管を強化するという作用がある。しかも大根おろしの酵素ジアスターゼが消化を手助けしてくれる。素晴らしい組み合わせなのだ。
さて、肝心の店に戻ろう。
「だいこん舎」の主、南和孝氏はこの越前蕎麦の美味しさにとことん拘る生粋の蕎麦職人だ。無農薬での栽培。製粉は石臼挽き。機械製粉だと蕎麦粉が熱を帯びて風味が落ちてしまうからである。
さっそく十割蕎麦をいただく。近くの農家が栽培した「まこもだけ」の天ぷらが載っている。蕎麦の美味しさ、香りの高さが際立つ。まこもだけのほのかに甘い味わいが汁の旨みと良い競い合いである。
肌寒い昼時なのに大根おろしの辛さでほんのり鼻の周りに汗を感じる。蕎麦湯を飲む頃には昼時の客であっという間に席は埋め尽くされた。大根おろし蕎麦を食べ慣れた福井人でもここの十割蕎麦の味には大納得するだろう。