東京の新宿や新橋辺りの路地裏を歩くと赤提灯や小料理屋が多く目につく。
一方、神戸元町のバックストリートは、粋でおしゃれな店が多い。
晩御飯の後、ぶらぶらと歩きながらバーを探した。
看板の出し方で店のセンスを推し量り、品定めをする。
この店はどうだろうか、と看板を見る。
と、その前に立っているのは店のバーテンダーさんだ。
まだ、8時過ぎ。
早い時間だったからだろう。
「Sight Glass!」
「どうぞ、お入りください」と穏やかな声。
きっと気持ちいい店に違いないと、その背中に続いて階段を上った。
スコッチウィスキーが得意なバーだ。
まず、私は飲みなれている Canadian Clubをストレートでいただく。
そのあと、2杯目は、お勧めのスコッチ Benriachをロックで。
球状の氷は、バーテンダーが削りだしたものだった。
私は、こういうさりげないこだわりが好きだ。
オーナー・バーテンダー、名前が明翫(めいがん)さんとおっしゃる。
珍しい名前だから一発で覚えた。
スコッチのピートの話になる。
すると、明翫さん、さりげなく、
「これがピートなんですよ。」と現物を見せてくれた。
ピートとは泥炭である。
このピートは麦芽を乾燥させるための燃料として使用する。
その際「スモーキーフレーバー」と呼ばれる煙臭が麦芽に染み込む。
この煙臭こそがスコッチウイスキーを特徴づける香りの一つとなるのだ。
だがピートはもともとその土地の植生が生み出した化石燃料である。
当然のことながら場所によって異なる植生を反映してピートにも特徴差が現れる。
さらにピートが地中どれくらいの深さにあったか、によっても個体差が生じ、その燻煙の薫りの違いとなってくる。
さほどにピートはウィスキーの薫りに微妙に映し出されるのである。
小一時間は私の貸切状態だった。
明翫さん、まだ若い(30代だろうか)のに、ほんとによく勉強している。
次に私の好きなテネシーウィスキー。
Jack Danielsの2度蒸留物を注文。
Gentleman Jack という。隣のJack Danielsは、できのいい特別樽のものだけを瓶詰めしたもの。
どちらも、とても滑らかな舌触りだ。
ほろ酔い加減の私に明翫さん、
「とても美味いスコッチがあるんですが、飲まれます?」
と、チェイサーグラスを満たしながら聞いてくる。
当然、「ぜひ!」
スコットランド・スカイ島に唯一在る蒸留所ではぐくまれた「タリスカー」。
どのスコッチとも違う、独特のスモ-キーフレーバーだ。
香りだけでなくコクもずしんとくる深さである。
さすが、世界5大ウィスキーの一つにして、イギリスの貿易の稼ぎ頭の一つを誇るスコッチウィスキーだ。
唸りながら、一口ひとくちと、丁寧に舌の上を滑らせる。
杯を重ねているうちに、次々とカップルが入ってきた。
常連さんたちのようである。
私は代わりに席を立とうか。
ふわりと満たされた酔いでまた神戸の夜に踏み出した。