鎌倉大仏造像の謎 - 1

大仏鋳造の技術

高徳院の山門をくぐり、初めて鎌倉大仏を見た人は、その大きさに驚き、穏やかな表情に打たれる。それから近づいて、緑青が浮いた頬や、もの静かで引き締まった口元に、ある種の威厳を感じて見入ることだろう。この大仏は、日本人のみならず、世界中の人々の心に、たくさんの明るい光を灯してきた。だが、そんな鎌倉大仏について語る歴史的資料は、驚くほど少ない。多くの研究者が大仏造像の謎に挑み、2000(平成12)年には大規模な発掘調査も行われた。その結果、今日わずかながらその鋳造過程が明らかになってきたところである。

黄金の大仏

現在私たちの目の前にある大仏が完成したのは、13世紀半ばであると言われている。当時の大仏は、堂宇に納められた黄金の大仏であり、それはいわゆる、しきたりに則った通常のあり方だったようだ。残念ながら、私たちは金色の大仏像を拝むことはできないが、その右頬には、わずかに金銅仏の片鱗が残っている(写真1)。

2000年に、(株)キャドセンターがレーザー計測などの先端技術を用いて、大仏像の高精度3次元デジタル化に成功した。これにCGを加えて当時の大仏殿を再現したものがあるのでご覧いただきたい。完成直後の鎌倉大仏は、奈良の大仏のように堂内に佇み、拝観者はそのうつむき加減の尊顔を、そっと見上げていたのである。

大仏堂宇は、資料に残る記載だけでも二度にわたって倒壊している(1335年、1369年)。しかし、1369(応安2)年以降は新しい大仏殿が建設されることはなく、大仏は今日まで青空の下に座り続けている。緑青の浮き出た肌を見ると、この大仏は、風雨に晒されながら、何百年もの間、瞑想しながら私たちを待っていてくれたのではないかと思えてしまう。そのことに感謝しつつも感じるのは、その強靭な構造だ。黄金色に輝く大仏は浄土の姿を再現したものかもしれないが、堂宇を失い、地金が露出して、それでも長い年月を生き抜いてきた今の大仏は、鎌倉時代の人々が、非常に優れた鋳造技術を持っていたことを物語っている。

大仏の基礎構造

青銅の大仏が鋳造された時点では、誰もその姿を見ることができなかった。それはなぜか。ここに、鎌倉時代のすばらしい技術が隠されている。

一般に、鋳物は次のような手順で鋳造する。作りたいものの雛形を作り、その鋳型を取る。溶かした金属を鋳型に流し込み、冷却したら型をはずす。細部を磨き上げて表面に塗装をする。小さいものであれば、金属を流し込む作業は一度で完了する。けれども当時は、大仏鋳造に必要な100tを越える金属を、一度に溶解することは不可能であった。そこで、下から順に7回に分けて金属を鋳込んで胴体部分を作り、頭部については前面に5回、背面に6回の鋳造を行ったのだそうだ。大仏の体に平行に走る横線は、鋳造時の接合の跡である(写真2)。

写真3のイラストのように、第一層目を作った後は、鋳型の外側に丘を築き、そこに「こしき炉」を運び上げて第二層目を鋳込んだ。こうして順次、大仏を鋳造していったのである。つまり、頭部まですっかり鋳込みが終わった時点では、大仏は巨大な土まんじゅうの中に収まっていたことになる。

さて、鋳型は外型と中子で構成される。つまり中子の内側にも、溶解金属の圧や熱に耐えられるよう、土などで十分な補強を施す必要があったわけだ。大仏の背部にある二つの窓は、金属が冷えて固まった時点で、中の補強材と土を取り出すために利用されたのではないかと言われている(写真4)。

一説によると、初代の木造仏は多数の木造ブロックを積み重ねて作られており、そのブロックを使って青銅仏の中子(鋳型の内側)に転用したとされる。木造仏の謎に迫る手がかりとして、今後も注目される意見である。

驚異の接合技術

複数回の鋳造は、接合部の脆弱化という欠点を免れない。そこで、複雑な噛み合わせにより接着を強化する技が多用された。大仏胎内を拝観すると、「鋳からくり」と呼ばれる種々の接合技術を観察することができる(写真6,7)。大仏胎内は暗く、湿った空気がこもっている。しかし背中に開いた二つの窓からは、新鮮な空気と、燦々と輝く日の光が届き(写真8)、内部の様子を明らかにしてくれる。大仏鋳造時は、堂宇があることを前提としていたわけで、この窓が後世にこれほど有用になるとは思いもよらなかったのではないだろうか。

大仏殿の礎石

現在残されている大仏殿の礎石は53個である(写真9)。形状やサイズはほぼ統一されており(厚さ60cm、直径160cmから200cmの類円形ないし八角形)、目的を持って加工された石であることが明らかである。表面は水平に整えられており、大仏殿の柱を支えるに十分であったと考えられている。なお、2000(平成12)年の発掘調査では、大仏殿の位置も確認できた。大仏に参拝した後、多くの人がこの礎石に座ってくつろいでいるが、それがなんのためにここにあるのか、知る人は少ない。

次の項では、大仏の姿形には何が表現されているのか、同時代の仏像表現を踏まえてご紹介したい。

参考文献

  1. 『鎌倉大仏』清水真澄 有隣新書
  2. 『鎌倉大仏の中世史』馬淵和雄 新人物往来社
  3. 『日本の仏像19 高徳院鎌倉大仏と鎌倉の古仏』 講談社BOOK倶楽部
  4. 『鎌倉大仏と阿弥陀信仰』神奈川県立金沢文庫
  5. 『鎌倉大仏の謎』塩澤寛樹 吉川弘文館

シリーズ:鎌倉大仏

鎌倉大仏:500年の風雪に耐える露坐の大仏

鎌倉大仏造像の謎 (1) : 大仏鋳造の技術

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