奥州藤原氏が遺した平泉の夢の跡

王国の面影残る中尊寺

Masayoshi Hirose   によって

”みちのく”と呼ばれ、辺境の地とされた東北地方。その地に壮大な夢(仏国土)を建設し、長きに渡り治めて来た奥州藤原氏。平泉は100年近く繁栄を続け、みちのくは戦争のない「理想郷の平泉」だった。

しかし平氏政権を倒した源義経を始め、源家の抗争に巻き込まれ、ついには文治5年(1189)奥州藤原氏は滅亡してしまった。飛び火した因子の義経を庇護した目的は、三代秀衡が義経を当主に立てて新政府を作る大構想にあったらしいが、如何せん秀衡の死が早過ぎた。鎌倉幕府の圧力に耐えられる力がまだ四代泰衡には備わっていなかったのだ。そして奥州藤原王国、平泉の多くは灰塵と帰した。

信心深かった源氏の棟梁頼朝は平泉の仏教文化に深く感銘を受け、寺院の存続は約束された。だが奥州藤原氏と云う大きな後ろ盾を失くした中尊寺はやがて衰退していく。俳聖の句「五月雨の 降り残してや 光堂」の通り、光堂だけが残った光景はとても哀愁感漂う景色だったろう。

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Masayoshi Hirose

Masayoshi Hirose @masayoshi.hirose

I was born in and grew up in Kyoto in 1960, and currently live in Ehime. About ten years ago I developed interest in photography, and now as an avid photographer, I drive around Japan (mostly western parts of Japan) when I have time, and enjoy mysterious natural phenomena such as sunrises, sunsets, sea fog and sea of clouds. My dream is to capture impressive, picturesque scenes. I'd like to take photos that will remain in people's minds forever. It would be my greatest pleasure if my photos entice people around the world to come visit Japan and enjoy her beauty! 1960年京都市に生まれ育ち、現在は愛媛県在住  約10年前、写真に興味を持ち始め、今は時間があれば日本各地(主に関西より以西)を車で旅しながら朝陽や夕陽、海霧、雲海などの不思議な自然現象を楽しんでいます。偶然行き合わせた千載一隅のような日本らしい土地柄、そしてたとえ観光地であってもあまり知られていないような隠れたスポットなどを中心に紹介したい。私の理想は心に残る印象的で絵画のような写真を撮る事。いつまでも見る人の心に残るような絵作りをしたいと思っています。私の写真が一人でも多く、これから日本を旅する方の参考になればこの上なく嬉しい限りです。