日本の穀倉地帯 新潟・越後平野

弥彦山スカイラインからシーサイドラインへ

Miwa Kaneoya   2012/09/14によって

暑いですね!9月に入り、いまだに真夏のような陽気が続いている昨今、関東地方は水不足による取水制限が発令されて近しい。恵みである太陽も水も、生物の育成には欠かせない要素である。しかし、それらが行き過ぎると途端にわれわれ生物には脅威となる‥

四季のバランスが取れた日本では食物が豊かに実り、里山に住む動物達や昆虫と共存する事で、食物連鎖がスムースに行われてきた。ところが悲しいかな、霊長類の頂点に立つ人間は自らを神に置き換え、他の生命を省みることなく、地球上で大きな過ちを何度も犯してきた。

私は日本の霊山の一つ、新潟県の弥彦山に向かい、美しい若緑色の稲穂を眺めながら、さまざまな次元からやってくる恵みを思った。

ご存知の通り、コメは日本人にとって大切な主食とされ、コメを中心に構成されてきた和食は、いまや自然食やオーガニックフードを摂り入れる人々、そしてベジタリアン達の間で静かなブームとなり、その地位を根強いものとしている。

しかしながら食もまた、メディア同様にさまざまな趣向が容認されてきたが為に、食に関して無関心な人々も増えてきたことは確かだ。それは、自然の恩恵からみずから離れ、それを良しとする人々が増えてきた事に他ならない。信仰の自由、表現の自由、選択の自由‥ 人間である事を拒否する自由は、果たして進化の上で運命づけられたものなのだろうか?

さて、弥彦一円にも広がる越後平野は、豊かな土地の恵みにより多くの田圃で占められている。特に、新潟の米として有名なのが『コシヒカリ』である。当初、コシヒカリの直接の祖が育成されたのは新潟県によるものだったが、その後、品種改良のため福井・千葉・新潟の3県で育成がなされた。奨励品種になるまで困難が続いたが、満を持して1956年、『越の国に光輝く米』という願いを込めて、水稲農林100号としてその名が農林登録された。現代ではコシヒカリが交配種となり、新たな品種が改良されているそうだ。それらは全国各地に普及し、多くの食卓に上っていることだろう。

目に鮮やかな緑の絨毯を駆け抜けて、弥彦山の大鳥居に差し掛かる。弥彦山は日本海に面する、比較的コンパクトでなだらかな山脈である。麓には弥彦神社が鎮まり、神域である山全体をいっそう荘厳なものとしている。弥彦神社は万葉集にも歌われた、由緒正しい古社なのだそうだ。大暑の真っ只中であった7月の末、立っているだけで汗が止まらなかったが、神社の境内に入ると背筋がスッと伸び、空気が清らかになるのを感じた。本殿では眩しかった太陽の光が、より強く白く発光し、そこが神域の中枢であることが明らかだった。敷き詰められた石畳は、神の前にあっても、浮つくことなく足を地に着けながら、スピリットを清浄にする為の安定した土台だ。信仰するレリジョンは違っても、リスペクトの意を込めて二拝二拍手もう一拝。神道を信じる家族の為に健康と無事を祈り、ご挨拶。これは、礼儀を重んじる日本人たる癖なのかもしれない‥と、ふと思った。

その後、参道にあった、店構えは和風そのものだが、味は多国籍な食堂に入り腹ごなし。それから弥彦山の山頂にある展望台に向かった。山中を通る弥彦山スカイラインは急なカーブやヘアピンカーブが多く、神社を出てもスピリットの揺れを肌身に感じ、時おり見える日本海には目を奪われ、童心の高まりを抑えきれない。(※弥彦山スカイラインは冬季間は閉鎖)

無料の専用パーキングで車を降り、展望台に向かうと昭和の懐かしいスタイルを遺した建物が出迎えてくれる。山頂公園までのクライミングカーと、展望のみのパノラマタワーの2つのチョイスがあったが、日本の穀倉地帯である越後平野と日本海が一望できる、クライミングカーを今回は選んだ。実はこのクライミングカーは日本最初のものらしい‥レトロな雰囲気を味わいたいなら、こちらを使って山上に登ることをお勧めする(徒歩でも可能)。展望台に上ると食堂とレストハウス、そして小さな遊園地が、また山頂公園には、弥彦神社から発車しているロープウェーの終点駅がある。さらにロープウェーの駅から700mほど歩いた山頂には、奥宮である弥彦神社の御神廟がある。目の見える範囲に程よくスポットが集まっているので、お年寄りや子供連れのファミリーにも安心して楽しめるのではなかろうか。また、展望食堂を出てすぐに越後平野を一望できるスポットがある。この時は、未だ満開の紫陽花に出迎えられ、うっそうと茂った木々の向こう側の、緑豊かな越後平野を眺めることができた。辺りには大きなギンヤンマが悠々と飛行し、自然との共存を改めて知らせてくれた。緑色を眺めていると、心が和やかになる。そうか、緑は平和の色、葉緑素の色、相互作用で成り立っている、光合成の結果だ‥ 下りのクライミングカーに乗り、心穏やかな気持ちで再び浮世に戻ると、洗い清められた気持ちは眼下に見える日本海の潮の満ち引きに委ねられ、楽になる。安らかになったところで眠気を覚えたが、まだ神域は抜けてはおらず、弥彦に居ます神様からのメッセージは続いているようだった。

人間は一つの種から日々の糧を得、生かされている存在だ。いまや、その根源のリズムさえ破壊してコントロールする罪深い輩の多い世の中である。日々の糧を頂き、生きる事とはどういうことか、今一度考え、その恩恵に感謝できる心を未来永劫失わない、と意志する事が人類に残された最後の希望ではなかろうか。今年も実り多き秋を迎えることができますように、と祈りつつ‥

日本海が一望できるシーサイドラインを通って帰還。浜辺に連立する海の家には、季節柄、多くの海水浴客で賑わっていた。時間があるときには、良質な温泉で有名な弥彦温泉へ立ち寄るのもいいだろう。西日に照らされて輝く海を眺め、全てが連動している事の不思議に思いを馳せながら、弥彦山を後にした。意義深いドライブだった。

Miwa Kaneoyaさんによって書かれました。
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