数年ぶりの東京は懐かしいというより照れくさい。
20年も暮らした街はしばらく離れていた間にすっかりよそよそしくなってしまった。
これは東京の街が変わったというより多分に私の心変わりだ。
それでも、毎週末通い詰めた銀座の並木通りやみゆき通りなど1本入った路地の表情は20年前と同じぬくもりを感じられて、久方ぶりに旧友に出会ったような嬉しさがこみ上げてくる。
所用で出向いた今回の東京は日帰りの予定だ。
昼食に銀座へ出向いてみた。
銀座プランタンの向かい、東急ハンズの11階にある"Vietnum Alice"
入ってみると全てのテーブルは女性のお客ばかりである。
さすがにベトナム料理の特徴は男性には少々物足りないのかもしれない。
ベトナム料理は、長い歴史の中で中華料理の影響を多分に受けて発展してきた。
紀元前から約千年、ベトナムは中国の支配を受ける。
その支配から解放されるも、19世紀のアヘン戦争を発端に、ヨーロッパ列強がこぞってアジア諸国を植民地化した中、ベトナムもフランスに植民地化された。
この間にフランスの食文化がベトナムにもたらされることになり、ベトナム料理は中国とフランスの料理が魚醤ナックマムを使う伝統の味に融合。
アジア料理の中で割り合いあっさり、やさしい味付けを特徴とする。
そして、香草を多用したヘルシーさが時代にあって、日本でもこのところファンが多い。
新しいビルのこの店も当然きれいだ。ランチタイムにもなると並んで待たなければならない。
ランチメニューは¥1500のコースが4つ。
私は「フォーセット」というのを頼んだ。
メインの米麺が、「鶏、牛肉、魚介」のどれかを選べる。
麺は白くて、平たい。
きしめんのようだ。麺の味は米粉麺なのでとても淡白。
鶏がら出汁のスープの淡い軽さがとても美味しい。
最後にベトナムスタイルのコーヒーが出た。
かつてフランスで使われていたコーヒードリップがそのままベトナムに根付いている。
グラスの底に練乳があらかじめ入っていて、揺らしながら飲むと、その練乳が少し溶けて来る仕掛けだ。
アラビカ種を愛する私としてはベトナムコーヒーの味わいは今一つ馴染めない。
だが、「ああ、きっと、彼の地ベトナムでは、街中のカフェでこんなふうに飲むのかな」と、想像力をかきたてられて、楽しい。
ハワイのアラモアナのベトナム料理はベトナム人のためのベトナム料理という感があって濃厚なアジアンテイストを堪能できた。
だが東京「ベトナムアリス」は当然ながらと言っていいのだろう、日本人に食べやすい軽さと優しさと柔らかさを上手にすくい濾した、そんな味わいである。
濃厚な本格ベトナム料理はマニアのためのもの。ランチで「じゃ、今日は軽くベトナム料理を」というビギナー向けにはビジネスにならない。
だから「ベトナムアリス」の戦略は正しいのだ。
忙しい東京の女性たちはこれを40分で味わい、また午後のオフィスの喧騒に戻って行くのだろう。
そんな彼女たちの後ろ姿と窓越しの曇り空の間へ視線を行き来させながら、私は2杯めの冷たいビールが喉を伝わる感覚にゆったりとまどろんでいた。