厳冬の長浜を訪れたのは、盆梅展を見るためだった。
あれから半年。
今、盛夏真っ只中の長浜にいる。
人影が消えてひっそりとした真昼の通りが、夏の太陽にちりちりと焼かれている。
それでも通りを吹き抜けていく琵琶湖からの涼風は想像以上に心地よい。
ふと佇んで今は昔の商業の往時を思わずにはいられない。歴史を持つ街は本当にさいわいだ。歴史のうねり。
それが置き去りにしていった残滓。
あるいは、奔流に押し流されまいと必死で守り抜かれた遺産。
町家や土蔵や板壁はひたすら無言であるが、私にはそれらのささやきがしっかりと聞こえている。
だからこそ、そこにぽつねんと自分を置いてみたくなるのだ。
琵琶湖周辺を歩く。
靴を脱いでその水に足を浸す。
この日本最大の湖「琵琶湖」は妖艶な裸婦さながらに、今私の前に横たわっている。
湧き上がる積乱雲が銀波に踊る。
対岸の釈迦岳、蛇谷ヶ峰が水面に映えて乳房のように盛り上がり揺れている。
ひとしきり汗ばんだ私は、はるか彦根陽が西に傾き始めた頃、黒壁通りへと戻り、とある店のドアを押した。
冷たいビールが飲みたかったのだ。
「オステリア・ヴェリータ」。
元の蔵を改装したのか。
太い梁がむき出しになり、白い壁との対比がとても居心地いい。
テーブル・椅子も山荘風である。
メニューに「地ビールとある。
「長浜エール」と「伊吹バイツェン」。
厳密正確にはイェールなのだろうが、これはこれで良い。
思わず、ハワイの銘醸「ロングボード」と「マウイ・ビキニ・ブロンド」の味わいが記憶にこみあげてきた。
地ビールならではのちょっとしたクセとフローラルな香りの個性。
大手の優等生ビールにはない優雅な味わいが楽しい。
アテに、生ハムサラダと海老の春巻き風を注文。
ほかにも4皿注文したが、どれもしっかりとした調理がされている。
えてして、観光地にある観光客向けのレストランはがっかりさせられることが多いのだが、この「ヴェリータ」は、「北琵琶湖ホテル」レストランの姉妹店であるだけあると感じた。
地元の誇り、料理人のプライドもそこかしこに感じられる。
おそらく地元の常連さんたちのハートもしっかりつかんでいるのだろう。
くつろいだ談笑の温かさがいくつもの卓上に咲いている。
いい店に腰を降ろしているのは幸福だ。
「波のまにまに 漂えば
赤い泊火(とまりび) 懐しみ
行方定めぬ 浪枕」 (「琵琶湖就航の歌」より)
わが人生とても、行方定めぬ浪枕である。
せめて今宵はエールとバイツェンの酔枕に沈もうか。