石川県は加賀と能登の二つの地域があり、古来からそれぞれ独特の個性をもって発展してきた。
加賀は京文化が導入されそれが独自に発展し、一方能登はそのようなな華やかな貴族文化とは無縁の、自然の恵みを取り込んだ庶民的な文化が醸成された。
能登は北東に長く突き出た半島である。
実際クルマを走らせて見ると地図で見た以上にこの半島の大きさが実感できる。
福井から延々と200余キロ。
名古屋を通り越して静岡まで行く距離である。
北陸に住む者にしてみれば、海は西に、北にあるものである。
それが富山湾を眺める内海に来てみると、海は東に、南にきらめく。
内海だから、波もおだやかだ。
そんな能登湾のだいぶ北の方、珠洲市の少し手前の海岸線沿いに走った辺りの小高い丘の上に、料理民宿「さんなみ」はあった。
昨今流行の「オーベルジュ」とでも言えようか。
某高級マダム雑誌で「泊まりたい宿」のベスト3にノミネートされたのだとか。
えてしてこういう批評は当てにならないので、自分の目と舌で確かめなければと私は暖簾をくぐった。
北陸の宿といえば、そこかしこにある高級温泉旅館をイメージしてしまう。
きれいに手入れされた和風庭園。空調が効いて掃除の行き届いた館内。
そして、マナーのいい従業員。
旅館に泊まるときは、そういうもてなしを当然のこととして期待する。
しかし、この「さんなみ」は、そういう「もてなし」を提供する宿ではない。
この宿は民宿なのである。
つまりは、宿という施設はとても質素なたたずまいで、高級感はまったくない。
庭はきれいだが、お金をかけて手入れをしてあるというのではない。
部屋も、長年使い込まれた家具や建具であり、シャワートイレ以外は設備も古い。
ある意味、自然の中にあって、その自然の美しさと豊かさをつかの間体験できる貴重な場なのである。
さて、夕食が始った。
次から次へと料理が供されるにつけて私は納得した!
高級マダムたちがこの宿を推す訳がである。
魚の料理のまあおいしいこと!
素材がいいから、腕のいい料理人にかかるとその仕上がりは数倍に光る。
普段からおいしい魚を食べなれている自分にとってみても、ここの魚は十分新鮮な感動だった。
友人のD氏は、福井の銘酒「日本の翼」を持参。
これは、日本政府専用機の定番に採用されている名酒である。
この名酒とうまい魚が2時間にわたって絶妙の陶酔を我々にもたらした。
魚や酒には十分口うるさい友人たちが、大絶賛である。
ゴージャスで快適至極な「もてなし」を期待するあつかましさを捨て忘れられるなら、この「さんなみ」は、素材の旨さと料理人の技量の卓越さに酔わせてくれること請け合いの見事な”オーベルジュ”である。