七里ケ浜から江ノ島を眺めると、ぱっと目を惹くのは、山頂にちょこんと突き出た展望灯台、シーキャンドルだ。江ノ島山頂のサムエルコッキング苑の奥にあるシーキャンドルは、全面ガラス張りで、360度の眺望を満喫できる。空と海の青さは爽快で、潮風に体を任せて飛んでいるかのような気分だ。1880(明治13)年、アイルランド出身の貿易商、サミュエル・コッキング(Samuel Cocking)は、富士山を望むこの江ノ島随一の展望を手に入れ、彼の夢であった植物園を造った。
江ノ島シーキャンドル(江ノ島展望灯台)
江ノ島の眺望は、この展望灯台に登って見るのが一番だと思う。コッキング苑のゲートをくぐって直進し、最も奥まで行くと展望台入口がある。灯台の高さは59.8m、光達距離は46km、中の展望室(海抜119.6m)までは、階段とエレベーター、どちらを利用してもよい。晴れていれば富士山や伊豆半島、大島、三浦半島までも見渡すことができるが、ガラスの内側からでは、少し物足りないと感じる方もいるだろう。そこで、最上階のデッキか外階段に出て、強い海風の中で景色を眺めてみることをお勧めする。しっかりと手すりを握っていないと吹き飛ばされてしまいそうな、エキサイティングな経験ができる。昇塔は大人300円、小人150円である。
この灯台は、蝋燭の形にデザインされているため、シーキャンドルと呼ばれている。なお、コッキング苑は藤沢市の運営だが、中にあるシーキャンドルは、江ノ島電鉄が2003(平成15)年に建設し(初代の灯台は1950年完成)、管理運営している。
サムエルコッキング苑
1949(昭和24)年に藤沢市が江ノ島山頂の土地を取得し、市立植物園として開設して以来、地域の観光施設として親しまれてきた。藤沢市は、マイアミ(アメリカ)、保寧(韓国)、ウィンザー(カナダ)と姉妹都市、昆明(中国)とは友好都市であるため、苑内にはこれらの都市に関連する記念碑や建物などが散在しているが、コッキング時代の植物園とは全く関係がない。
コッキング時代の植物園
1882(明治15)年、コッキングは私的な植物園を造り、和洋折衷の庭園に、最新式の温室を設置して希少な植物を集めた。コッキングの庭園は、1923(大正12)年の関東大震災で壊滅してしまったが、今もその遺構が残っている。
温室遺構は、基礎と地下部分だけであるが、当時は4棟からなる上屋付の巨大な温室であった。温室の用材は、耐久性を考慮したチーク材で、すべて海外で加工された。当時、中央の池には、底に十文字の鉄管を施設してスチーム暖房をきかせており、南米アマゾン原産のオオオニバス(大鬼蓮)がテーブルのような大きな葉を広げていたという。また、温室内は常時24度に調節されていて、鮮やかな色あいの蘭やサボテンが咲き乱れていた。
温室棟の脇には、今もコッキングの植えた西南諸島原産のタイミンチクが二本、大きく葉を茂らせている。タイミンチクの前の小道は築山を巡って、幾何学デザインの花壇に続いており、その先の一番北側に菖蒲池と日本庭園があった。そして菖蒲の花の向こうには、ちょうど富士山が見えるように設計されていた。さらに、南米産のシマナンヨウスギや、ニューカレドニア原産のクックアロウカリヤなど、日本にはない珍しい花木が植栽され、庭園の景色を引き立てていたようだ。
フレンチ・トースト専門店(LONCAFE)
コッキング苑には、とても素敵なカフェがある。入口を入ってすぐの、マイアミビーチ・ガーデンの中にある小さな店だ。ウッドデッキの席では、湘南海岸を眼下に、心地よい海風が頬を撫で、潮の香りが漂う。フルーツやクリームでデコレーションした特製のフレンチ・トーストは、外はカリカリ、中はしっとり、そして程よくバターが利いている。ただし、サイズはかなりエレガントなので、満腹になることを期待してはいけない。
現在のコッキング苑は、コッキング時代の植物園とは異なる様相となってしまったが、それでも、江ノ島の美しい自然を満喫できる景勝地であることに変わりはない。一度は足を運んでみることをお勧めする。