龍馬を探せ

我らが永遠のヒーロー、坂本龍馬ゆかりの地への道案内

Takako Sakamoto   によって

この記事では、私が過去に訪れた日本史上稀代のヒーロー、坂本龍馬 (1836 - 1867 ) ゆかりの地へのアクセス方法を解説する・・・つもりだがその前に、少しだけこの日本の英雄、そして私が愛してやまない坂本龍馬について紹介させてもらいたい。

なぜ龍馬は愛され続けるのか?

答えは至極簡単だ。なぜって彼の人生がかっこいいからに決まっている。「どこが?」と疑問を呈する猜疑心旺盛な方のために端的に説明すれば、彼のユニークな発想と先見の明、これがかっこいいのである。ご存知の通り、彼は幕末の志士の一人だ。この時期、日本中に雲霞の如く湧き興った志士達はこぞって狂乱し、日本を近代化しようと走り回った。しかし龍馬の面白さは、未だ因循姑息だった幕末封建社会において、飛び抜けた柔軟性と発想を持っていたことだ。明治維新 (1868) 前後のこの時代、日本の近代化に尽力し、歴史に足跡を残した偉人達は沢山いる。例えば西郷隆盛大久保利通桂小五郎 (後の木戸孝允) などだ。しかしこれ等偉人たちが己の優先の発想から抜けられず、あくせく勢力争いに明け暮れた傍らで、龍馬ただ一人が「日本」を一つの国と捉え、西洋諸国の脅威から「日本国」を守るため一致団結を叫んだのである (少し誇張のきらいがあるが、ファンのたわ言とご了承願いたい)。そして龍馬は、唯一 徳川幕府 を倒す力のある、しかし犬猿の仲だった薩摩 (現 鹿児島) と長州 (現 山口) 間を取り持ち、薩長同盟を成立させたのである。これをかっこいいと言わずしてなんと呼ぶ?

なにゆえ龍馬は暗殺されたか?

これもご承知の通り、未だ真実は藪の中だ。しかし彼の発想があまりにも時代の先を行き過ぎて、出る杭が打たれた感は否めない。革命軍の敵だった徳川幕府でさえ、龍馬にとっては同志だったわけで、賛同を得るのは難しかったに違いない。

龍馬は明治新政府に、よりにもよって敵方の徳川幕府最後の将軍、徳川慶喜を参画させようとした。しかし当然の如く彼の、今でいう民主的、斬新な発想を理解できる同志は少なく、この一事が明治維新1ヶ月前に彼が暗殺された理由だとも言われている。しかしながらこの暗殺によって彼は悲劇のヒーローとなり、それゆえに日本人の彼に対する賞賛の念と人気が不滅化したともいえる。

龍馬ゆかりの地へのアクセス

龍馬ファンである私は、もちろん龍馬ゆかりの地をいくつか訪れた。そして各訪問地について、別に写真ストーリーも書いた。私が訪れた訪問地へのアクセス方法は下記の通りだ。各地詳細については青字をクリックして頂きたい。

1. 桂浜
桂浜は龍馬幼少時代の遊び場だ。この浜から望む広大な太平洋の光景は、彼の広い視野を培ったに違いない。

JR高知駅 → 桂浜
・バス = 高知県交通バス (オレンジ色)、桂浜行き乗車、桂浜バス停下車 (30分、670円)。桂浜手前の「坂本龍馬記念館」前で下車すれば、龍馬関連の展示が見られる。

高知龍馬空港→桂浜
・バス = 空港連絡バス乗車、「はりまや橋」下車 (40分、700円)、高知県交通バス (オレンジ色)、桂浜行き乗車、桂浜バス停 (終点) 下車 (30分、610円)。
・タクシー = 空港から約25分、3,700円~4,100円。

2. 京都寺田屋
龍馬はここ寺田屋で、100名を超える幕吏に襲撃され重傷を負った。後に龍馬の妻となるお龍が裸で走り龍馬に急を告げた (お龍は入浴中だった) 話は有名だ。なんともロマンティックではないか!

・電車 = 京阪電車「中書島」駅下車、徒歩5分。
・バス = 京都市営バス「京橋」下車、徒歩2分。
・タクシー = JR京都駅より約15分。

3. 霧島山・霧島神社
龍馬と新妻お龍が新婚旅行で訪れた地だ。京都寺田屋で襲撃された後、龍馬は西郷隆盛の斡旋で薩摩の温泉へ湯治旅行に出かけた。龍馬のこの旅行は日本人による史上初の新婚旅行だと言われている。

JR鹿児島駅 → 霧島神社
JR日豊本線「宮崎神宮」行き、もしくはJR特急「霧島」乗車、霧島神宮 (神社) 下車。約50分。

4. 龍馬の墓
龍馬は京都霊山護国神社 内墓地に埋葬されている。この墓地には龍馬のほか、明治維新前後命を落とした1,355名の幕末の志士達が永眠している。この神社は明治維新のために落命した志士達を弔うため、1868年明治天皇の命で建立された。龍馬の墓は、龍馬と共に1867年、京都近江屋で暗殺された中岡慎太郎と並んで建てられている。神社隣には幕末維新ミュージアム、「霊山歴史館」もある。

・バス = 京都市営バス80番、202番、206番、207番いずれかに乗車、「東山安井」下車、徒歩10分。アクセスマップはこちら。

5. 上五島、「坂本龍馬ゆかりの広場」
上五島沖に沈んだ亀山社中同志を悼み、龍馬が訪れた地。龍馬が設立し、後に海援隊となる亀山社中の船が1866年この島の沖で沈没した。龍馬は暗殺される1年前にこの地を訪れ、海の藻屑と化した友人達の冥福を祈った。島では公共交通機関がないと言っても過言ではない。レンタカーを借りるか観光タクシーの利用をお薦めする。

高速船・フェリー・長崎港 → 鯛の浦港 (1.5時間)・佐世保港 → 有川港 (1.5 ~ 2.5時間)・有川港 → 坂本龍馬ゆかりの広場まで、車で20分

6. 坂本龍馬と由利公正
京都近江屋で暗殺される約1週間前、龍馬は福井を訪れ、当時福井藩の財政を担当していた由利公正に会った。

JR福井駅から
徒歩10分で、龍馬の石碑と由利公正の銅像が建つ足羽川沿いの広場に到着する。


坂本龍馬を探す旅、お楽しみあれ!

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Takako Sakamoto

Takako Sakamoto @takako.sakamoto

I was born in and grew up in Tokushima prefecture, and have lived in many places since then: Nishinomiya, Kyoto, Nara, Mie, Tokyo, Kanagawa, Saitama, Chiba, Fukuoka and Fukui. I am currently living in Yokohama City. All the places I lived, all the places I visited, I have loved dearly. The historical places where people lived, loved, suffered, and fought - places where I can still hear their heartbeats - mesmerize me. I'd like to retrace the footsteps of the people who lived in Japan a long long time ago, and introduce to you what they left behind on this soil.  

Takako Sakamoto

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