国立能楽堂の一日

日本の伝統芸能、「能・狂言・仕舞」体験

最近知り合った日本の友人が、どうしても原宿近くの国立能楽堂に行こうと言う。一番安い席が 4,400 円もするというのにだ。とはいえ日本特有の文化を体験したいと思っていた私は、日本の古典劇場がどんなものか、見てみるだけでもチケット分ぐらいの価値はあるだろうと、観に行くことにした。千駄ヶ谷駅から5分歩くと、そこがもう国立能楽堂だ。しばし美しい内装に見惚れた後チケットを購入、いよいよ劇場内に入った。591席ある能楽堂の内部は、中央に伝統的能舞台が置かれ、建築様式としては神道の神楽の舞台に似ている。床はぴかぴかに磨き上げられ、俳優たちが滑らかに舞台上を往来できるよう配慮されている。しばらくすると劇場内が暗くなり、いよいよ舞台が始まった。

能の舞台では通常男性が男役、女役を共に演じる。丸一日続く能舞台は、基本的に5つの能演目により構成され、その中に「狂言」と呼ばれる滑稽な笑劇が散りばめられている。現代の能公演では、能演目2つ、狂言1つ、そして再び能演目2つの、合計5演目上演されるのが通例だ。最初に我々が観たのは「仕舞」と呼ばれる10分間の序幕部分で、演目は「砧 (きぬた)」だった。舞台背後で4人の地謡 (じうた) が謡いを唸る中、シテ (主人公) が亡くなった夫を慕って嘆く女性を演じる。

2演目目は狂言だ。狂言は中世の庶民的な笑劇で、日本で初めて台詞と共に演じられ発展した演劇だ。演目は「舟渡聟 (ふなわたしむこ)」と呼ばれる面白おかしいコメディだった。ある日京都で買った酒樽を手土産に聟 (むこ) が舅 (しゅうと) を訪ねる。渡し船に乗った聟は、船頭に土産の酒を飲まれてしまう。やがて舅の家に辿り着いた聟、実は自分の酒を飲んでしまった船頭が舅だったことを発見する。舅は罪状を見破られまいと、常日頃自慢にしていた鬚まで剃り落し、ごまかそうとする。25分間の楽しい芝居で、主役のシテと脇役のアドが素っ頓狂な大声で台詞を喋る度に観客の大爆笑を誘っていた。

最後がこの日のメイン演目、85分間の能だ。演目は「邯鄲 (かんたん)」(故事: 邯鄲の枕より)。舞台は中国。盧生 (ろせい) という若者が悟りを求めて長旅に出る話だ。邯鄲 (かんたん) の里に着いた彼は宿屋に泊る。宿の主人に悟りが得られる不思議な力があるという枕を借り、その枕で眠って夢を見る。夢の中で彼の元に勅使がやって来て帝位を授けると言う。帝位についた彼の治世は50年に及んだ・・・ところで目が覚めた彼は、この世は夢のように儚いものだと悟り、故郷に戻る。主役の盧生を演じたシテは、邯鄲 (かんたん) 用の特別な男面を被り、伝統的な衣装と豪華な黒いカツラを着用していた。主役のシテを盛り上げるのが囃子方 (はやしかた) だ。囃子方は伴奏者で、太鼓、大鼓 (おおつづみ)、小鼓 (こつづみ)、笛からなる伝統楽器を奏でる。そしてワキ方がシテの相手役を務める。能は視覚に訴える一大スペクタクルだ --- 衣装、劇的な演出、旅歌の吟唱が盧生の孤独と出演者全ての演技を一層引き立てる。話の進行が遅く、観客の多くは少し居眠りしていたようだ (私も含め)。それでもこれほどの美しい芝居だ、その精神は何とか会得できたように思う。

日本の伝統芸能に触れたこの日、不覚にも少し眠ってしまったが、日本の能役者たちの芸術性に深く感動した一日だった。

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