激動の金ヶ崎城跡

2度にわたり歴史的死闘が繰り広げられた城塞

福井県敦賀市にある金ヶ崎城跡は、歴史的大戦が2度繰り広げられた場所として名高い。最初の大戦 ( おおいくさ ) は1337年、足利軍 ( 北朝方 ) と新田軍 ( 南朝方 ) の間で起こった。その数世紀後の1570年、今度は織田信長軍と越前朝倉軍の間で死闘が演じられた。最初の戦については既に金ヶ崎宮の記事に別記したので、この記事では戦国時代 ( 1467 - 1573 ) に行われた2度目の大戦に焦点を当てたいと思う。

織田信長 対 越前朝倉氏
織田信長といえば戦国時代に勃興し、天下取りに名乗りを挙げた有力大名だ。この城跡がある敦賀は、かつて朝倉氏が治めた越前国の一部だった。越前朝倉氏は14世紀から代々この地を治めてきた由緒ある名家だ。そのような名門武家は、織田信長の如き成り上がり者の指図は受けたくないものである。かくして越前朝倉氏、信長に反旗を翻した。

浅井氏と信長の妹、お市の方
とはいえ、単に信長に反旗を翻すだけでは格別面白くもなんともない。この話が面白い理由は当時、信長の妹であるお市の方が浅井氏の当主、浅井長政に嫁いでいたという事実だ。浅井氏は長きにわたり越前朝倉氏と同盟関係にあった。越前に触手を伸ばした信長は、自らの大事な妹を浅井長政と政略結婚させ、浅井長政と同盟して共に越前朝倉氏を滅ぼそうとした。浅井長政は古き同盟者 ( 越前朝倉氏 ) と、新しき同盟者 ( 織田信長 ) の間で板挟みになる。当初は信長に従うつもりだった長政だが、古くからの同盟者、越前朝倉氏への信義もあり、最終的に信長を裏切る決断をする。これを知った信長の妹、長政の妻お市は進退に迷う。信長に夫の裏切りを告げず、座して兄の滅亡を見届けて良いものかどうか? 当時信長軍は、ここ金ヶ崎城に駐屯していた。伝承によれば兄の危機を知ったお市は、金ヶ崎にいた信長に使いを送り、長政の裏切り、そして浅井軍と朝倉軍が信長を挟み撃ちにする計画であることを告げたという。お市の命により使わされた伝令は、何も言わず小豆の入った小さな袋を信長に渡したそうだ。その袋は両側が紐で結ばれており「袋の鼠」状態を暗示していたという。長政の妻として、大っぴらに夫を裏切ることは出来ないお市の苦肉の策だった。

金ヶ崎の戦いにおける信長の逃走と秀吉の殿 ( しんがり )
こうして浅井長政の裏切りを知った信長は、戦場からの撤退を決意する。浅井軍と朝倉軍の挟み撃ちに合えば、いかな信長といえども勝つ見込みは万に一つもないからだ。信長は単騎馬上の人となり撤退、供回りはたったの数名だったという。他の部隊も随時撤退し、殿を命じられた豊臣秀吉率いる一部の軍が金ヶ崎城に残り敵の追随を阻んだ ( 未だ下級武士だった秀吉が武功を挙げるため殿軍に名乗りをあげたとも言われている )。かくして信長軍は最小限の損傷で無事撤退を遂げた。それから3年後の1573年、信長は越前朝倉氏と妹の夫、裏切り者の浅井長政 ( 浅井氏 ) を攻め滅ぼすに至る。

運命のいたずら
歴史とは面白いものだ。浅井長政が滅んだ後、長政の妻、信長の妹お市の方は、兄の有力家臣の一人、柴田勝家と再婚し、福井の北の庄城で暮らし始める。信長の暗殺後、信長の2人の家臣が覇権争いをするが、その一人はお市の新しい夫、柴田勝家、もう一人が豊臣秀吉だった。最終的に秀吉が勝利し、勝家とお市は北の庄城で自害する。お市の3人の娘は助けられ、秀吉は旧主信長の姪であるこの娘達を庇護する。長女の茶々 ( 淀君 ) は、後に秀吉の側室となり秀吉の嫡男を生む ( 豊臣秀頼 )。しかし秀吉の死後、淀君と嫡男秀頼は、大阪城内で自害に追い込まれる

ご覧のように福井は歴史的事変が数々起こり、血みどろの戦いが繰り広げられた実に興味深い場所だ。金ヶ崎城で14世紀、足利軍と新田軍の間で戦われた激闘については、この記事をご参照頂きたい。

福井の新田義貞シリーズ
1. 敦賀の気比神宮: 福井
2. 華麗なる気比神宮: 敦賀
3. 敦賀の金前寺: 福井
4. 松尾芭蕉と敦賀の金前寺
5. 敦賀の金ヶ崎宮: 福井
6. 激動の金ヶ崎城跡
7. 福井の藤島神社
8. 美しき藤島神社

0
4

会話に参加する

Sakamotoさん、このシリーズで称念寺を取り上げてもらえば、よかったですね。
どちらかというと、明智光秀に惹かれるものがありますので、先に取り上げてしまいました。
明智については、東大味の明智神社、西蓮寺と福井に有り、これが滋賀坂本の西教寺と密接につながります。
また、織田の四天王と言われた、柴田、丹羽の終焉の地ですし秀吉を除く3人が関連しています。
それと、滝川一益も福井で生涯を閉じています。
まだまだ掘り起こしができないまま、福井を離れたのが少し残念です。
引き続きよろしくお願いします。
Takako Sakamoto 執筆者 9年前
思えば叶う、いい言葉ですね! はい、福井の歴史は深いので、是非よろしくお願いします!