南北に細長い日本列島は、四季の移り変わりが波のように温暖な南から寒冷な北へとうねり上って行く。
特に春は花前線のさざ波だ。
スイセン、梅、桃、コブシ、モクレン、菜の花、そして桜。
それぞれの前線は時速ニキロほどだという。
幼児の歩みだ。
それが春の深まりとともに東北辺りで概ねすべての花前線が追いつき追いつかれるや一つに束ねられて北海道で百花繚乱となる。
花は美しい。
花を贈る。花をもらう。花を飾る。花を手向ける。
いずれも生活の潤いが其処には有る。
福井市新田塚にある「Aili(アイリィ)」は、花をこよなく愛する五十嵐純子さんとご主人の辰夫さんが経営する花屋である。
辰夫さんは代表を務め、純子さんは花の世話、フラワー教室の運営、そして和紙の花を広める業務に励む毎日だ。
Ailiとはパトア語で「楽しい」という意味である。
ヨーロッパの言語に綴りは違うが同じ音の語があり、「感謝する」という意味を持っているんだよと、母親の新しい事業の船出に愛息が名づけてくれた。
「アイリィ」では約40種の生花を初め、鉢植え、観葉植物などが販売されている。
五十嵐さんはかつて、ご夫婦ともに鯖江市でメガネ卸業に携わっていた。
2007年、純子さんの人生に転機が訪れる。
それまでの仕事の業態転換を図ることになった。
以前から花が好きだったのだが、それを仕事にしたい。
猛勉強してフラワーアレンジメント講師の資格を取り、自宅で花屋を開店させた。
しかし多くの事業上の問題にも直面する。
「花はなま物なんです。旬の内に売り切らなければなりません。」
人一倍のガッツを自負する純子さんは営業に奔走した、と笑顔で仰る。
営業をしながら、彼女の心の内にふつふつと沸き起こるもっと深く学びたいという気持ちがだんだん抑えきれなくなっていった。
純子さんは、2週間、自分に勉強という自由をくださいと夫と家族を説得。
彼らの理解と後押しを得て単身イギリスに渡った。
短く限られた時間ではあったが、純子さんにとって、全てが目からうろこだったと仰る。
イギリス王室に出入りしている有名な先生の短期講習会を受講することが最大の目的であったのだが、
「花だけじゃなく、イギリスの人々の生き方、暮らし方に強い感銘を受けました。普通の人たちが歴史や伝統、文化をとても大切にして暮らしているんです。」
と純子さん。
それを鏡としたとき、では自分の生き方は、日本人の暮らし方はどうだろう、とかんがえさせられた。
大きなテーマをたくさんその旅から持ち帰った。
プリザーブドフラワーという新しい花のビジネスが1990年代にフランスで生まれた。
日本でも大人気となった。
それを見た時、純子さんの心に火が付いた。
日本人として、福井に住む五十嵐純子として、自分にしかできない新しい花のプレゼンテーション。
生の花も素晴らしいが、それとは別の次元で、新たな花を創造できないだろうか、と。
福井は千年以上も前から日本一の和紙生産地であった。
特に御朱印貿易ではその朱印を押せる紙は越前和紙のみに許可されていたというほど、品質の優秀な和紙だったのである。
その越前和紙で花を創ってみたかったんです、と語る五十嵐純子さんの遠くを見る眼は澄んで輝いている。
生花なら花瓶に活ける。
一方、越前和紙の花ならイベントで部屋のあらゆる場所に飾ることができる。
大きさや色や形も自由自在だ。
香りも自由にアレンジすることが可能になる。
五十嵐純子さんの新しい花の創造プロジェクトは緒についたばかりである。
Ailiという今はまだ小さな花が、そのユニークさをもっていつか大輪の花を咲かせると確信し期待したい。
花を贈るのに理由は要らない。
自分の好きな花を数輪買って、ギフトに包んでもらって、
「いつもありがとう。はい、これ、プレゼント!」
こんな風に花をもらったら、その日どころか1週間は心は青空だ。
私も誰かに贈る花を買いに今日あたり、Ailiへ車を向けようか。