京都 永観堂

回廊巡りを楽しむ京の寺 1

東山の山裾、南禅寺の北隣にある名刹・永観堂の正式名称は禅林寺という。だが今日では、中興の祖である永観律師の名前を取った永観堂という通称に、より多くの人が耳慣れているようだ。斜面に立地する永観堂では、上へ上へと伸びる回廊が諸堂を結び、そこを巡る回遊の楽しさと、目の前の美しい自然が格別の趣を醸し出している。「もみじの永観堂」に、秋は参拝客があふれる。そのため、本来の回廊巡りの味わいは、紅葉の時期をはずしてこそ楽しめると思う。そんな回廊巡りを10倍面白くするために、まずは永観律師にまつわる物語を少々ご紹介したい。

永観律師(1033-1111

11才の時に禅林寺(永観堂)に入寺した永観は、その後、奈良・東大寺の東南院で三論教学をはじめ、法相、華厳などの教理を極め、学問の道では第一人者となった。しかし30才を迎える頃には、病人や貧者など、弱者の救済に心を寄せ、阿弥陀仏を信仰する浄土教に帰依するようになっていた。間もなく、永観は浄土教の教えを広めるために、東大寺を出て禅林寺に戻る決意をした。永観は長年、東大寺の勧進に多大な功績をあげていたため、東大寺を離れるにあたり、永観に阿弥陀如来像が授けられた。ところが、これを快く思わぬ東大寺の僧たちがおり、彼らは京に戻る永観を追いかけて、阿弥陀像を取り戻そうとした。しかし、阿弥陀像は永観の背中に張り付いて、何としても離れなかった。仕方なく、僧たちは東大寺に戻っていったという。

永観が禅林寺に腰を落ち着けてから10年後、すなわち1082(永保2)年2月の早朝、いつものように念仏を唱えながら阿弥陀像の周りを歩く修行をしていると、突然、誰かが念仏を唱えながら目の前を歩き始めた。永観はほの暗い堂内で、前を歩く者の姿に目を凝らした。そして、見間違えではないかと思いながら、もう一度その後ろ姿を見つめ直した。ところが、何度見てもその姿は・・・祭壇におられるはずの阿弥陀如来像だった!あまりの驚きに、永観の足が止まった。すると、阿弥陀像は振り返って、慈悲深く永観をたしなめた。『永観、遅し』。永観は、とっさに祈った。その姿があまりに美しく優しいので、どうかそのままでいて下さいと。阿弥陀像は永観の願いを聞き入れて、900年以上経った今も、その姿を留めているのだという(写真12参照)。

回遊順路(動画はこちら

中門を入って右手に進んでいくと、左に大玄関がある。ここが回廊の入り口である。まず、中庭を囲む対面所や瑞紫殿、釈迦堂などを巡る。ゆっくりと廊下を歩けば、足の裏に木のぬくもりが伝わってくる。静けさの中で自分の足音だけが、ぎし、ぎしと響く。諸堂は斜面に沿って建てられているため、階段を上って徐々に高い位置の回廊に移動していく。直進していたかと思うと右に折れ、今度は左に折れる道筋は、まるで迷宮のようだ。ふと遠くに視線を向けると、上の方を歩いている人を見かけたり、下の方を曲がって木の陰に見えなくなってしまう人がいたりと、何か不思議な感覚に陥る。無邪気に遊ぶ子供を見て「かつて来た道」と懐かしく思い出したり、あこがれの先輩を見て「いつか行く道」と未来に夢を抱いたりするのと似ているかもしれない。

さて、御影堂の裏には水琴窟がある。ここで廊下は左右に分かれ、左に行けば独特の形をした階段・臥龍廊(がりゅうろう)、右は通常の階段を上って位牌堂と阿弥陀堂に向かう。

臥龍廊

臥龍廊とは、「龍が横たわっているような形の廊下」を指すようだ。高台寺にも同じ名前の回廊がある。永観堂の臥龍廊は緩やかな曲線を描き、屋根と階段の組み合わせが蛇腹のように見える。壁のない階段を上り下りすると、外の緑を見ながら、シースルーになった龍のお腹の中をくぐり抜けているようで面白い。一番上の開山堂のところまで行くと、遠くの山々や寺域を見渡すことができる。この回廊は、1本の釘も使わずに建てられているというから驚きだ。

阿弥陀堂

まっすぐな階段を上ると、位牌堂の先に永観堂の本堂である阿弥陀堂がある。ここに祀られているご本尊が、かつて永観に話しかけたといわれる阿弥陀如来像である。祭壇中央に立つ阿弥陀さまは、確かに左に振り返って誰かに視線を送っているように見える。そのため今では、この阿弥陀像は『みかえり阿弥陀』と呼ばれて人々の信仰を集めている。

このシリーズについて

王朝文化に華やいだ平安時代(794-1185)、中央貴族たちは寝殿造の屋敷に住み、季節ごとに変わる庭の美しさを楽しみました。当時の建物には壁がなく、外周は蔀戸や妻戸のみで仕切られていたため、それらの戸をすべて開放すれば、室内と外の自然とが、たちまち一体となりました。建物をつなぐ回廊は、細い柱で屋根を支えた廊下です。ここもまた、雨や雪にぬれることなく、外の景色を楽しむことができるという点で、内外が一体化した空間でした。残念ながら往時の貴族屋敷は残っていませんが、平安時代に創建された寺院の中には、その面影を見ることができます。

このシリーズでは、内であって外でもある回廊に焦点を当てて、京都のお寺を訪ねてみたいと思います。

1 永観堂(853年創建):上へ上へと伸びていく垂直回廊

2 大覚寺(876年創建):どこまでも続く迷宮回廊

3 仁和寺(888年創建):鍵型の回廊と2つの庭

4 青蓮院(1150年創建):コの字型の回廊と3つの庭

回廊巡りを楽しんだ後は、禅宗とともに発達した枯山水の庭園や、武家の庭である回遊式庭園を訪ねてみてはいかがでしょうか。京都の作庭家シリーズでは、名庭と作庭家についてご紹介しています。

詳細情報

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