福井 一乗谷朝倉氏遺跡

400年眠り続けた戦国大名の城下町

Takako Sakamoto   2014/01/09によって

福井に引っ越して間もない5月の連休に、一乗谷朝倉氏遺跡なるものを観に行った。他所から福井を訪ねる、もしくは観光に来た場合、あわら温泉に宿泊し、有名どころの永平寺東尋坊、そして恐竜博物館あたりを巡るのが通例だろう。しかし私は観光に来たわけではなく、実際住んでいるのだから、もっと別の名所はないか、と尋ねたところ、上記3大名所の次に薦められたのが朝倉氏遺跡だったのだ。

朝倉氏、と言われてもすぐにはピンと来なかったが、「浅井・朝倉」と言われて合点した。そう、あの織田信長の妹、お市の方の嫁ぎ先、浅井家浅井長政と共に信長と戦い、完膚なきまでに打ちのめされ滅亡した、あの朝倉氏なのだ。足利将軍義昭が明智光秀と共に頼り、何度上洛を勧められても拒み続け、天下取りに後れを取った、というより天下を取る気などさらさらなかったのであろう越前の朝倉義景(1533-1573)の居城跡なのである。

福井は、全国的にはあまり知られていないが、実は歴史上の人物に関連した史跡が意外に多い。例えば、前記のお市の方は、愛する夫、浅井長政が実の兄である信長により滅ぼされた後再婚するが、その再婚相手というのは柴田勝家だ。勝家はご存知信長の忠臣で、朝倉氏滅亡後この越前一国を治めた。しかしながら信長の死後、豊臣秀吉と対立、豊臣軍に北ノ庄城を包囲され、お市の方と共に自決する。この城跡と勝家を祀った柴田神社は福井駅前にある。

それ以外にも、足利尊氏と共に鎌倉幕府を滅亡に追い込み、後に尊氏と対立して滅んだ新田義貞の終焉の地は福井だし、幕末活躍した四賢侯の一人、松平春嶽の居城は福井城なのである。福井は知る人ぞ知る、史跡の宝庫なのかもしれない。

さて、朝倉氏遺跡に話を戻そう。この遺跡、かつては朝倉氏の城下町で、織田信長軍の攻撃により1573年灰燼に帰した後、なんと約400年間も地中に埋もれており、発見されたのは1968年だそうで、発掘調査は今なお続行中だ。現地に到着すると、まるで映画「ラスト・サムライ」の舞台のような、のどかな田園風景が広がっている。谷を含む278ヘクタール、ざっと1.8km四方一帯が史跡で、田園だと思った風景全体が実は史跡だった、というわけだ。復元されているのは城下町の街並みのみで、他は整備されているとはいうものの、発見されたままの姿で残っている。柱が立っていた穴やら礎石からなる屋敷跡、そして庭園などだ。

この史跡、実は国の三重指定を受けている。まず、史跡全体が特別史跡に指定されており、その他、諏訪館跡庭園、湯殿跡庭園、館跡庭園、南陽寺跡庭園の4つが国の特別名勝に指定された。その後遺跡出土品のうち 2343点が国の重要文化財の指定を受けたのだ。この三重指定を受けているのは、なんと国内で京都の金閣寺、銀閣寺、醍醐寺三宝院、そして広島の厳島神社だけで、全国で5箇所しかない三重指定史跡のうちの一つだというから驚きだ。

なぜ驚くかというと、写真をご覧頂けば一目瞭然だが、人がいないのである。私が訪れたのはゴールデンウィークの真っ最中であるにも関わらずだ。同じ時期、上記4箇所の三重指定史跡を訪れたらどんな目に遭うか、誰の目にも一目瞭然だろう。史跡ではなく人垣を見る羽目になる。が、ここ一乗谷朝倉氏遺跡は、史跡一帯があなたの物、と言っても過言ではない。国の三重指定を受けた名跡で、ゆっくりたっぷり贅沢な森林浴が出来る、穴場中の穴場なのだ。詳しい写真については別記の写真エッセイをご参照頂きたい。

付則だが、この史跡の入口前を流れる一乗谷川の上流に、なんとあの剣豪、宮本武蔵と戦った佐々木小次郎が、「燕返し」を習得したと言われる一乗滝があり、ここではNHK大河ドラマ「武蔵」のロケも行われたそうだ。興味のある方はついでに覗いてみよう。

一乗谷朝倉遺跡へは、JR福井駅から越美北線で15分、一乗谷下車徒歩10分、京福バス福井駅前9番乗り場、東郷線(浄教寺・鹿俣行き)で約25分(650円)、武家屋敷前下車すぐ、もしくは一乗谷朝倉氏遺跡資料館下車徒歩30分だ。資料館では貸し自転車が利用できる。

Takako Sakamotoさんによって書かれました。
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