日光東照宮の秘技(2)

無数の彫刻に隠された秘密

日光東照宮の絢爛豪華な装飾を企画・構成したのは、幕府御用絵師・狩野探幽(1602-1674)である。探幽は、陽明門や唐門、神庫などの建造物、すべてに施す彫刻デザインを担当し、その配置を決めた。総数は実に5173体。訪れた参拝者は、まずその圧倒的な迫力に驚嘆し、細部にわたり食い入るように観察するが、30分もすれば、目も脳も心もすっかり飽和して、見るのをやめてしまう。隙間もないほど密に埋め込まれた彫刻の数、眩しいほどの色彩、精緻な彫りと個性的な構図。ここでは、数ある彫刻の中からいくつかをピックアップしてご紹介していきたい。東照宮を楽しく拝観するための一助となれば幸いである。

では、一般的な拝観順路に従って、彫刻とそこに込められたメッセージを読んでいこう。以下は、日光東照宮の禰宜・高藤晴俊の著書『日光東照宮の謎』を参考にした。

五重塔の十二支

道教や陰陽道では、十二支を用いて方位や干支、一日の中の刻限を表す。例えば、「卯」の方角と言えば東、「卯」の刻と言えば午前6時である。五重塔の初層を飾る十二支は、正確に十二支が方位と一致しており、あたかも聖域に置いた羅針盤のようである。表門より外にあることから、この十二支は東照宮全体を守護しているとされる。

表門の獏(ばく)

東照宮の装飾には、想像上の動物がいくつも登場する。獏はその中の一つで、全部で78体が確認されている。象のように長い鼻と、襟足にくるんとカールした毛が生えているのが特徴である。一般に獏は、悪夢を食べてくれる霊獣だとか、その皮を敷いて眠ると邪気を避けることができるとか言われているが、実はもっと重要な意味があったようだ。獏は本来、鉄や銅を食料とするため、武器を作る必要のない平和な時代には、食料に不足することはない。逆に、戦争が始まると武器製造のために獏の餌が人間に使われ、飢えて弱ってしまうのだそうだ。つまり、元気な獏の姿は、天下泰平、軍縮の象徴であった。

神厩舎の三猿

神厩舎の八面に彫刻された猿は、建物に向かって左から順に、人生の一場面を時系列で表現している。母の庇護のもとにあった子猿が成長し、友と過ごしたり、恋をしたりして大人になって、結婚し、夫婦で障害を乗り越えながら家庭を築くというストーリーだ。一方で、五行説によれば猿は水、馬は火である。よって、猿には火伏の意味があるとされ、神馬を守る猿という関係が成立するのだという。猿は生涯に渡り、また世代交代をしても、永遠に神馬を守り、東照宮を火事から遠ざけるという意味だろうか。

御水舎の飛龍

口から火を吐く飛龍の体は、常に高温になっている。焼けるような体を冷やすために、飛龍には大量の水が必要である。そこから、飛龍は水を司る霊獣と考えられた。御水舎の飛龍もまた、東照宮を火災から守っているのである。なお、飛龍が一般的な龍と異なる点は、飛龍には鳥のような足と魚のような尾があることだそうだ。御水舎、鐘楼、祈祷殿などに計43体が確認されている。

陽明門手前の唐獅子

聖域の守護獣である唐獅子は、東照宮全体で129体あるが、半分以上が陽明門を飾っている。その中で、私が一番好きな唐獅子は、陽明門手前の石塀を守る唐獅子だ。まるでたった今、塀を乗り越えて着地したような姿で前足をつき、顔をわずかにひねったポーズがとても愛らしい。この唐獅子は手の届く位置にある石像なので、東照宮へ来ると、私はついつい頭をなで、お尻を触ってしまう。

陽明門の息

「息」と書いて、「そく」と読むのか「いき」と読むのかは明らかでない。この霊獣は拝殿と陽明門の2カ所に、合計38体見られる。息は角が一本で、牙があり、襟足にカールした毛が生えている。また鼻は豚に似ており、体には鱗がない。陽明門の無数の龍の下に並んでいる息に、実際どんな役割があったのかは、まだわかっていない。けれど、なかなか愛嬌のある顔立ちをしているので、ぜひ探してみていただきたい。

陽明門の龍

龍は全92体で、数の上では唐獅子よりも少ないものの、陽明門の正背面や唐門の左右の柱など、目立つところに集中している。古来より天子のシンボルであることから、好んで門に彫刻されたようだ。龍の姿は、9種類の生物の特徴を兼ね備えると言われてきた。目は鬼、頭は駱駝、耳は牛、角は鹿、胴体は蛇、鱗は鯉、腹は蜃(しん)、掌は虎、爪は鷹、だそうだ。ところで、81枚あるという龍の鱗のうち、のど元にある1枚は、上下逆さまになっている。その鱗に触ると、龍は猛烈に怒る。だから、(逆鱗に触れないよう)決して触ってはいけない。

陽明門正面中央の「周公聴訴(しゅうこうちょうそ)」の彫刻

陽明門の人物彫刻は66名にのぼるが、最も目立つ正面中央にいる人物が、古代中国の政治家・周公(しゅうこう)である。周公は、たらいに水を張って髪を洗っている。そのようなわずかの時間も、(耳に手を当てて)民の訴えを聞く姿は、善政を行った?家康のイメージに重なるものだという。この彫刻、周公は耳に入った水を取ろうとしているだけだと思ってしまうのは、私だけだろうか。

陽明門の「魔除の逆柱」

陽明門の12本の柱にはグリ紋が施されているが、1本だけ文様が上下逆になっている。この柱を魔除の逆柱と言うが、実は、拝殿と石の間の境や、本殿と石の間の境にも同様の逆柱が存在する。装飾担当の狩野探幽は、意図してこのような逆柱を設置した。だが、その真意は魔除ではなかった。人間が作った建物は、いつか必ず崩壊する。建物は完成と同時に崩壊の一途をたどるわけで、その自然の摂理に逆らうことはできない。したがって、建物を崩壊から守る唯一のすべは、完成させないことである。探幽は、建物を守る呪術として、未完成であるかのようなデザインを施したという。

東照宮の彫刻は奥が深い。その魅力は、細工の美しさや緻密さだけではなく、彫刻に隠されたメッセージにもある。東照宮を守ることで、江戸城や江戸を守り、平和な世の中が続くようにという祈りが、デザイナーである探幽をはじめ、実際の制作者たちの鑿の跡、彩色の筆の跡に垣間見えるのである。

次の項では、東照宮のグランドデザインに秘められた小堀遠州の知恵を見てみよう。

日光東照宮の秘技(1): 徳川家康が創造したパワースポット

日光東照宮の秘技(2): 無数の彫刻に隠された秘密

日光東照宮の秘技(3): 最新和洋折衷式のグランドデザイン

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