東急東横線で渋谷から4駅目という立地にあるのにもかかわらず、祐天寺駅界隈は、異質の雰囲気をかもしだす。理由は、1718年に創建された阿弥陀如来を本尊とする浄土宗・祐天寺への参道が駅から続いており、300年にわたって、多くの人が、それぞれの事情とそれぞれの祈願を胸に、通ってきた足跡の集積が放つオーラなのかもしれない。
祐天寺には、もう一つ異彩を放つパワースポットがある。そして、現在進行形で人々を魅了している。
そこは、「祐天寺・もつ焼き屋・ばん」。
もともと、ばんは、中目黒に47年にわたって、のれんをあげていた赤ちょうちんの老舗。酒と云えば、日本酒と安い焼酎しかない時代。安価でたくさん食べさせる店・ばんには、課題がありました。麦・蕎麦・芋などの味わいがある乙類焼酎ではなく、ただ酔うだけで、味も香りもない甲類焼酎をメインに出していたのだが、マスターはつねづね、どうしたらこの味気ない酒を、おいしく飲んでもらえるようにできるかと思案していた。試行錯誤が重ねられました。その工夫の集積が、「焼酎を炭酸水で割り、そこにレモンの搾り汁を入れる『サワー』」という形でブレークスルー。日本初のレモンサワーの誕生です。そうです。祐天寺ばんは、サワーの元祖なのです。
以前、テレビで、エグザイルなる大所帯ボーカルグループの誰かが、「レモンサワーは、エグザイル公式飲料。何杯飲んだと思いますか?2500杯」。こんなことをいっていたことを記憶している。是非、ばんのレモンサワーでやってほしい。確かに、レモンサワーがエグザイル公式飲料なのかもしれないが、レモンサワーは、ばん公式飲料だ。そして、元祖レモンサワーは、100杯も飲める代物ではないほどエグい。3杯で、殺虫剤を浴びた虫のように、フラフラで、タジタジになる。
まず、入店すると、若い中国人スタッフの女の子が、「飲み物何にしますか?」と聞いてくる。祐天寺ばんは、すれていない若い中国人の女の子が、何十人も給仕をしているのだ。ギャル文化から疎外されて世知辛い思いをしているおじさまたちにとって、彼女たちとの語らいは麗しく、潤いを与えてくれるようだ。
レモンサワーセットとして、渡されるのは、レモン1個を半分に切ったもの、レモン絞り、ジョッキ・グラスに入った金宮焼酎とハイサワーのビン。300円。客によっては、「中」とか細かいスペックを指定しながら飲んでいる人もいるが、よくわからないので、常にセットでオーダーしている。
祐天寺ばんのレモンサワー誕生秘話とは別に、ひとつ不思議なことがある。セットで頼んだ一杯目は、だいたい、グラスの半分ぐらいまで、金宮焼酎が注がれている。2杯目は、7分目まで、金宮が注がれている。3杯目は、もはや、もはや、サワーを入れる余地もない状態でグラスがわたされる。味は、もはやウオッカ。なぜ、このように頼むたびに、累進的に、注がれる水位が高まっていくのだろうか。ミステリーだ。
料理は、焼きトンがメイン。それとは別に、トンビ豆腐という名物がある。セロリと人参と鷹の爪を煮込んだ真っ赤なシチューに、豚のテール(しっぽ)が浮かんでいる。それを、れんげで、すくって口元に放り込むのだが、むせる。辛くて、咳き込んでしまうのだ。おしぼりで、口元をおさえて、騒ぎがおさまったら、レモンサワーで消火活動をする。なんで、こんな思いまでして、と思うかもしれないが、うまいのだ。
自分がはじめて、この店に来た時は、常連層が厚くて、正直いって、鬱陶しいと思っていた。ところが、最近、どこで嗅ぎ付けたのか、この店に、若者がどんどん来るようになってきた。どうやら、バンド関係が多いみたいだ。タワーレコードの黄色い「NO MUIC NO LIFE」のポスターが、店に貼ってある。この新たな需要にこたえるために、この店の隣にあった空き地に、まったく同じ店構えの二号店がオープン。まるで、DJのターンテーブルのように、デュアルに、並列する「ばん」の2店舗。
祐天寺ばん。
また、あたらしい伝説が始まろうとしている。