魚マイスターがさばく魚屋の食い処「まっ田」
福井県越前海岸にある小さな漁師町、蒲生(がもう)町。その海辺に素晴らしい魚料理を供する食堂がある。「まっ田」。オーナーは枩田卓也(まったたくや)さん(39歳)。家族経営のなごやかな雰囲気の店だ。
卓也さんはこの美しい海辺で生まれ育った文字通りの海の男である。地元で祖父の代から魚屋を営んできた。彼は3代目だ。近くの茱崎(ぐみさき)港から上がる魚を初め、福井獲れの魚をさばく。弟さんも漁師である。 「まっ田」では飛び切り美味しい魚料理が食べられる。それは少しも誇張ではない。卓也さんは言う。
「魚の味わいは鮮度が良いと美味しいというわけじゃないんですよ。とれたては食感はいい。しかしうまみ成分はできていないので味わいはそれほどではないんです。」
そこで鮮度の良さを保ちながら美味しさが絶妙の時点にお客様に出す、という「プロの技」が求められるのだ。その最高の技こそ、神経〆(じめ)である。
生きた魚の血を全部抜いて神経をしめると、筋肉の神経がいきなり切られることで、魚は自分が死んだと気付かない。魚にも当然だが脳がある。そこから脊髄を通って筋肉などの組織に神経が伸びている。一般的に、漁で上がった魚が市場に運ばれる場合は、生きた魚を氷詰めにするような運送方法が取られるのだが、これだと脳から出る電気信号がだんだん弱って死んでいく(脳〆)。この方法では身が腐乱するのが早い。体内に血も残ったままである。魚を美味しく食べる場合、この血が残っているのが一番具合が悪いのだ。
「生きた魚が暴れたりすると身が熱を持ったりして、魚には良くないんです。筋肉に乳酸がたまる。だから、魚をあまり動かさずに血を抜くという方法がいいんですね。」
「エラぶたのところに大きい動脈が2本あります。それを1本だけ切って、脳をアイスピックのようなキリで突いてかき混ぜると脳がこわれ、そこから信号が全身に行かなくなり、魚は動かなくなります。しかし心臓は自律神経系なので動いている。いわば植物状態。これによって心臓のポンプ作動で毛細血管の血が出る。数か所切ってしまうと血圧が下がり血が出きらない。1か所だけ切る。逆さにして血が出きったらワイヤーで神経を絡めとって取り出す。これによって、魚の鮮度と美味しさを得るんです。」
まさにプロの技である。しかしこれは、漁業という自然相手の生業から必然的に生まれた手法なのだそうだ。
「時化(しけ」で漁ができなくて、今日は魚がありません、というようなことを避けられるんです。」と卓也さん。
今、「まっ田」の名を知らしめる人気メニューが「まつだセイコ丼」である。ネーミングのユニークさはアイデアマン・卓也さんの独壇場だ。お店を切り盛りしていく上で、福井・越前海岸の代名詞ともなっている「越前がに」をメニューに据えることは避けられない。しかし、カニを売る店としては「まっ田」は後発だった。それで「せいこ丼」を始めた。セイコというのはズワイガニのメスの呼称で福井では「セイコが二」と言う。甲羅の背に子(卵)を抱えているところにこの呼び名があると言われている。この丼には2はい(カニは、1ぱい、2はいと数える)のセイコが二を使う。冬季限定だが、ぜいたくで大満足請け合いの一品だ。
もちろん冬だけでなくどの季節にも「まっ田」では最高の魚料理を出してくれる。「まっ田」を訪れるのを1年の楽しみにしている遠方の客も多いとか。その気持ちは十分分かる気がする。
魚マイスターがさばく「まっ田」は、超おすすめの名店である。