桜の花は日本人の歳時記に欠かせない。
学校の受験の合否はかつて「サクラサク」、「サクラチル」であった。
また弥生三月に数多の別れを残し長けてゆく春は月が変わり卯月四月になると新しい出会いをもたらしてくれる。
それも薄桃色の桜の花を添えて。
花を愛で実を愛でてくれる梅と違い、桜は咲き誇るわずか1週間ほどのみの主役だ。
それでも老いた冬に道をあけられた幼い春は、母の指を握りしめて歩くかのようによちよちとゆるやかな歩みで、およそ2ヶ月をかけて列島を南から北へと染め上げる。
北陸は日本列島のほぼ中央に位置していながら豪雪の寒い冬を持つが故に春は遅い。
その遅い春が連れてきた桜前線がようやく足羽川を通り過ぎた。
福井市市街地の中央を東西に貫いて流れる足羽川はその土手沿いに生える桜並木で全国に名をはせている。
この桜並木は明治39年(1906年)に市民の手で植樹されたのが始まりだ。
年々歳々、風雪に耐えつつも老木は若木にその地を譲り、今日六百本の桜がトンネルを二キロに渡ってこしらえる。
その花の可憐さを眺め歩いてみる。
都会の桜並木は人、ひと、ヒトと大変な混雑になるのに対し、こちら足羽川はその点ゆっくりとそれぞれのペースで一枝ひとえだの花弁を楽しむゆとりがあって嬉しいものだ。
土手の下の方にしなる枝越しにつくも橋が、さいわい橋が見える。川面は土手の斜面に生え出た草を映して萌葱色に光っている。
はらはらと舞い落ちるのならさいわいだが、明日にも雨風に叩かれ濡れそぼりつつの最期では不憫でならない。
そんなことまで気遣ってしまうほどにけなげに咲く桜を、雪国に暮らす福井の人は待ち焦がれていたのだ。
雅趣あふれる咲き振りを目に焼き付け、宵の花見酒としようか。