九頭竜川河口の東岸沿いを走りサンセットビーチを過ぎた辺りまで来ると、浄土宗西光寺の石柱が見える。
その路地を入り急な上り坂の中腹に「KOFFIE PORT DIJK」は在る。
見慣れないアルファベット表記はそれもそのはずで、オランダ語だ。
「港の突堤」を意味する店名は、この店から見下ろせる「エッセル堤」にちなんだ。明治時代に建造された突堤で国指定の有形文化財であり、三国町民の誇りである。
ドアを開けるとガラス窓越しに眩い海の景色が視界全面に広がっている。
陽光に映えて銀色の海が眼下に煌めいていた。
ガラス戸を開けてテラスに出て見ると、坂下からゆるやかに吹き上げてくる潮風の匂いが心地よい。
春や秋ならコナラの若葉が柔らかな午後の日差しに揺れ遊ぶ様も楽しめるだろうか。
すがすがしい気が横溢する店だと、車椅子で出迎えてくれた後藤久枝さんに告げると、
「ここはね、すぐ奥に神社があって、店の前には椿塚があって、昔の豪族の墓らしいんだけど、それに坂下には教会と西光寺があって、神様の通り道だからなのよ。」
と穏やかな笑みを浮かべながら話してくれた。
店はエントランスから客席ホール、キッチン、洗面室まで完全バリアフリーである。
ご主人の後藤久雄さんは、
「もうかれこれ26年にもなりますね。家内が交通事故で障害を負ってしまったんです。私は県の職員として援助を必要とする人への福祉サービスを行うケースワーカーでした。
その際に感じていた両側の思いの隔たりを妻の事故が飛び越えさせてしまったといいますか。それまでの傍観者の立場から当事者の立場になったんです。」
時折雲間から陽光が降り注ぐ海を眺める久雄さんの眼が涼しい。
フェリックスそっくりの大きな猫が入ってきて餌をねだる声がキッチンの方で聞こえる。
「うちは、ペットOKなの。野良猫も。ご飯食べにだけやってくるわ。」
と久枝さんが笑う。
「私が障害を負った時、自宅を工事しようとも思ったんだけど、海が見えるところが好きだったから、この三国に越して来たの。主人は退職したらコーヒーショップをしたいと思っていた。そしたら巡り合わせなのよね、こんなに素敵な土地が売りに出たの。家のすぐ前。ためらわずに買った。そしてこの店を開いたの。」
今では福井市辺りはもちろんのこと、遠く越前町や石川県から障害を持った人達が憩いを求めて店を訪れる。
「車椅子に座っていてもできることはたくさんある。家に、自分の殻に閉じこもっていてはだめなのよ。」と久枝さん。
メニュー作りや調理にも不自由さを押して関わっている久枝さん。メニューには地元の優れた素材を使ったり献立にもこだわりを出している。
「バリアーの無いくつろぎを提案することがポートダイクのコンセプトです」という久雄さんの言葉を、マンデリンベースの深いコクのコーヒーを楽しみながら私は反すうしていた。
そのバリアーフリーとは建築的な意味合いを遥かに超えて、「障害者と健常者の間の、そしてさらに、ときとして卑屈になってしまう脆弱なもう一人の自分との間のバリアー」を取り外すことなのかもしれない。
人間というのは困った生き物で、普段は空の青さなど気にもかけないが、深く暗い井戸の底に落ちて見るとようやく、頭上はるかに小さく丸くある空の眩しさにはっとするのだ。
年にごくわずかだが、水平線のかなたに遠く対岸の丹後半島が蜃気楼で浮かび上がるのだという。
春夏秋冬をとおして、ある日は銀色のまたある日は碧翆の海原を眺められるポートダイクの窓辺。
自身の半生やこれから先の未来は頼りなく揺れてみれる蜃気楼のようなものかもしれないが、それすら笑いながら愛おしく抱きしめてやりたいものだ。
互いをやさしく気遣う素敵な後藤夫妻に送り出されてみると、かすかな雪が椿の緑を背景にゆるやかに舞っていた。