三国の町中にある老舗蕎麦処「盛安」は、風情のある町屋作りの店の老舗である。
創業80年という店の歴史は、遡れば三国が北前船の廻船交易で栄えた江戸から明治の隆盛期を経てその開運輸送が鉄道による陸上輸送に変わろうとする過渡期であった。
昭和初期の三国はこのような町屋が通りの両側に連なり賑わいを見せていたのだろうか。
そのような往時を忍ばせるものは今日では店の外観のみになってしまった。
料理茶屋「魚志楼」の風情も良いが、盛安もまた創業当時の雰囲気を店の内外に醸し出していて心地よい。
盛安のこだわりは何と言っても出汁である。
かつお節と昆布の昔ながらの出汁は、さらに砂糖・醤油・みりんの「返し」との合わせでより深みと複雑さを増す。
返しは寝かせることで醤油臭さを消しまろやかにするのだという。
日曜ということもあろうが、あいにくの雨模様の天気であるにもかかわらず、お客は引きも切らない。
福井の蕎麦といえば「おろし蕎麦」だろうか。
江戸時代初期の福井越前藩の筆頭家老本田富正は荒れ地でも栽培が可能な蕎麦に着目し、さらに大根おろしを乗せたおろし蕎麦のレシピを開発。
これが元祖「福井名物・おろし蕎麦」の起源とされている。
ここ盛安の「おろし蕎麦」は、極細麺だ。麺と共に旨味のある出汁が良く絡んで口中に入ってくる。
福井のあちこちで多く食される「田舎蕎麦」スタイルとは違って、極細麺の味わいは繊細だ。
それも貿易港で流行の最先端を長らく欲しいままにしてきた往時の名残を今にとどめているからだろうか、などと思ってみたくなる。
私の好みではもっと噛みごたえのある田舎風の二八そばなのだが、これはこれ。
80年に渡ってやかましい蕎麦食い達を黙らせ唸らせてきた盛安の暖簾である。
歴史と文化の三国の面白さに、盛安はもう一つの魅力を加えている。
福井スタイルのこだわりの蕎麦。それ以上でもそれ以下でもない、老舗ならではの頑固一徹さがこのおろし蕎麦には詰まっているのだ。